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【ショートショート】声

 古式ゆかしい見合いの場である。
 料亭の個室で、ぼくはおじさんに紹介された女の子と向かい合っていた。
 彼女は二十六歳で四歳年下。出版社に勤務しているそうだ。
 ぼくは鞄から玉男を取り出して、机の上に置いた。玉男は緑色の玉で手のひらに乗る大きさの人工知能だ。
 玉男が、
「はじめまして」
 と挨拶をした。
 彼女は、ポシェットから玉を取り出すこともなく、
「はじめまして。田中葉子と申します」
 と返事した。
 人間の生の声を聞くことなんて滅多にないので、ぼくは驚いた。
 その気持ちを察知して、玉男がいう。
「いいお声ですね」
「ありがとう。お願いがあるんです。人工知能をオフにしてくださるかしら」
「えっ」
「せっかくの席ですので、飾っていないあなたを知りたいのです」
 ぼくは玉男のスイッチをオフにした。
 ネットワークから遮断され、世界が急にシーンとする。
「こん」
 とぼくは言った。こんなことははじめてで、と言おうとしたのだが、声がうまく出ないのだ。
「こんこん」
「落ち着いて」
「こんなことは生まれてはじめてで」
「そうかもしれませんね」
「田中さんは人工知能は使わないのですか」
「いえ、時に応じて。仕事では使いますわ。でも、声は自分で出します。自分の声、気に入ってますの」
「自分の声」
「ふたりでいるときに機械の声を聞いても仕方ありませんもの。あなたの声、悪くない」
 そういって葉子さんは、微笑んだ。
 玉男の支援なしに行う会話はぎこちなかった。ぼくはほぼ聞き役に回った。
 見合いが終わり、ぼくは玉男をオンにした。急に世界がざわざわとする。
「葉子さんに関する情報がほとんどないのです」
 と玉男が不安そうにいう。そうだろうと思った。彼女はネットワークに依存するタイプじゃない。
「大丈夫。話はしっかりと聞いたから」
「教えてください」
「秘密」
 といってぼくは笑った。

(了)

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