見出し画像

【ショートショート】気分変動

 朝から気分が悪かった。
「どけよ」
「いてーな」
 満員電車のなかは殺伐としている。小さな諍いの声を聞くたびに私の心も荒んだ。コーヒーを買うため、会社近くのコンビニに立ち寄る。
 レジに並んでいると、私の前にボロボロの作務衣を着たじいさんが割り込んできた。
「並べよ」
 と口に出すと、思ったより大きな声が出た。
「なんだと」
 じいさんもけんか腰だ。
「うるさい。静かに並んでろ」
 と店員が叫んだ。
 店内が殺気立っている。
 私はようやくコーヒーを手に入れた。
 自分の席に座って、コーヒーを飲んでいると、
「呑気にコーヒーなんか飲んでるんじゃねえよ」
 と課長が絡んできた。
「始業前だ。ばーか」
 と私は言い返した。ふだんはこんな言葉遣いはしない。
「おらおら。時間だ。朝礼するぞ」
「うっせーんだよ」
「キムラ、今日はキサマの番だ。なにか言いやがれ」
「喋ってやるからありがたく聞け」
 業務が始まると、ますます大変なことになった。みんなが怒鳴り合うので、なにを言っているのかよくわからない。電話対応でよけいボルテージが上がる。
 私は昼休みに、声枯れの薬を買ってきた。怒鳴りすぎで声が枯れてきたのである。
 退社時にはもう誰も喋らなかった。ただ怒りの感情だけが持続していた。
 帰宅すると、妻が玄関に仁王立ちしていた。
 言いたいことはあるみたいだが、私と同じで声が出ないみたいだ。
 私たちは疲労困憊してベッドに倒れ込んだ。明日こそ平和な気分でありますように。

(了)

目次

ここから先は

0字
このマガジンに含まれているショートショートは無料で読めます。

朗読用ショートショート

¥500 / 月 初月無料

平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…

新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。