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【ショートショート】貼ったまま

 大雪が降ると、都市機能はあっと言う間に麻痺してしまう。
 私は自宅に向かって歩いていた。体はすっかり凍えている。もう足の指先の感覚がない。
 前方の広場に大きなテントが設置され、大勢の人が集まっている。
 私はテントに近づき、
「なにをしているんですか」
 と行列の人に聞いた。
「カイロを配っているらしいよ」
「それは助かる」
 テントの中に入ると、ボランティアらしき女性に声をかけられた。
「長靴を脱いでください」
「はい」
 両足の靴下にカイロをぺたりと貼り付けられた。
「これは使い捨てじゃありません。ずっと使えます」
「ありがとうございます」
「背中にも貼っておきましょう」
 凍った足先がほんわかと暖かくなる。
 私は二時間ほど歩き続けて、どうにかマンションにたどり着くことができた。
「やれやれ」
 とどこからか声がする。
 背中や靴の中から小さな人がたくさん出てきた。
「いやあ、疲れた疲れた」
「休もうぜ」
「あの、あなた方は」
 と私が上のほうから声をかけると、
「カイロの者だよ。オレたちも疲れてんだ。すこし休ませてくれ」
「それはそれは」
 彼らはソファの上でだらりと寝転がった。私は暖房をつけた。
 夏になった。
「ああ、暑い暑い」
「夏ってのはなにもしなくても暑いのが厭だねえ」
「まったくだ」
 私はまだ背中と足裏にカイロを貼ったままだった。
「せめてあんただけでも涼しくしてあげよう」
「え。そんなこと、できるんですか」
「逆に動けばいいだけだ。オレたちは暑いけどな」
 背中がひんやりとしてきた。
 靴の中の蒸れも引いていく。
「いやあ、今日もよく働いたなあ」
「ビールビール」
 私は小さなグラスにビールをついで回った。
「あー、この一杯がうまい」
「労働者の特権だな」
 カイロの中の人たちは今日も元気だ。

(了)

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