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【ショートショート】ルート回避

 オレは第二十三シティ行きのバスに乗り込んだ。
 後部入口側の一人席に座れたのは運がいい。
 夜勤明けだから、まだ時間が早いこともある。窓の外は春の芽吹きを感じるやわらかい景色だ。
 突然、キュインキュインキュインという緊急音が鳴り響き、バス内に赤色灯が点った。
「ルート変更を行います。ルート変更を行います」
 なにごとだ。自動運行だから、運転手にたずねるわけにもいかない。乗客はみんなスマホを開き、げっとかぎゃっとかうめいた。
 赤ネズミの大量発生だと!
 ドローン映像が流れるように街を覆い尽くすネズミの群れを映し出した。
 赤ネズミは肉食である。たまたま外を歩いていた人たちが奔流に飲み込まれていくさまが痛ましい。
 オレはすぐさまアプリを起動し、バスのシステムに接続した。
「サトウキミコ、サトウシンイチの安否が知りたい」
 と音声入力する。問い合わせが殺到しているみたいで、なかなか返答はない。
 オレは窓の外に目をやった。バスは山路に入っている。梅の花が満開だ。
 紅梅が血の色に見える。
 赤ネズミは定期的に大量発生する。どこの街にあらわれるかは、予測できない。駆除のために軍隊が投入され、復興手続きが始まって……と未来のことはわかるけれど、問題はいま。妻子が無事かどうか、それに尽きる。
「サトウキミコ、サトウシンイチは第三避難所に待避しています」
 ようやく返事が来た。
 未舗装の山路を走るバスはがたごと揺れる。安心したオレは、ようやく尻の痛みを感じた。

(了)

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