【ショートショート】奇病
道路に穴ができ、だんだん広がっていくという事件が起きた。調査が行われたが、原因は特定できない。
穴は現在も拡大中であり、上に鉄板を乗せて対処している。
やがて穴のほうが大きくなり、さらに大きな鉄板に取り替えなければならないことは明白だが、鉄板というのは、どこまで大きくできるものだろうか?
日本で始まったこの陥没はみるみる世界に拡散し、いろいろなものに穴が空きだした。
私は翼に穴があき、飛べなくなった雀を見たことがある。
人間に穴があくことは滅多にないが、ないわけではない。
母が風呂上がりの父を見て、
「お父さん!」
と叫んだ。
「どうした」
「おなかおなか」
私も父のおなかを見た。小さな穴があいていた。
「痛くないの?」
「なんともないが」
と言って、父は腹をさわった。
「ほんとだ。これは穴だな」
「内蔵に触っちゃダメだよ!」
と私も叫んだ。
父は大学病院に入院した。
「どんな具合?」
「まあ、ふつうだ。でも、オレは死ぬらしいな」
父はパジャマをめくって穴を見せてくれた。穴は五センチほどに広がり、きれいな内蔵が見えていた。
不思議なことに出血は見られないが、内臓が消失しつつあるのは確かで、父の場合はいずれ消化ができなくなり、死に至るという。
医者のいう通りだった。
火葬場で父は骨になった。腹の部分だけが穴状に空白になっている。穴は背中まで突き抜けたのだ。
「焼いても穴は残るのね」
と言った母の言葉が耳につよく残っている。
(了)
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