【ショートショート】霧吹き村
名物も観光資源もない、ただの田舎。
そう思っていた。
学校は高校までしかないので、専門学校や大学に行きたいやつは都会に出ていく。ぼくはとくにやりたいこともなかったけど、流されるように都会に出た。
そして、ぼくたちの村には特殊な遺伝子が受け継がれていることを知った。
ぼくは炎天下の下でも、雪降る冬のように口から白い息を吐くことができる。都会ではミスト人間と呼ばれているらしい。
就職情報誌をめくっていると、ときおり、資格の欄に「ミスト人間」と書かれているものがある。そのうちのひとつを訪ねた。
オシャレなカフェ。入口の左側にオープンスペースがあり、テーブルが三つ置いてある。
春から初夏にかけてはちょうどいいが、梅雨が終わるときつい日光にさらされる。ぼくの出番だ。オープンスペースに立ち、白い霧を吐く。
「涼しいわ」
と話しかけてくれる人もいる。
「ありがとうございます」
と答えると、口からぽっぽっぽっと霧の輪が出る。
子どもがそれを見て興奮する。
いろいろな働き口があり、気がつくと三年たっていた。
ぼくはお盆に帰省することにした。
電車を降りると、見慣れた白い風景が広がった。このあたりは村から流れてくる霧で覆われている。
「街はどうだった?」
と兄がたずねた。
「面白いけど、落ち着かない。自分が見世物になったみたいで」
「おれもそうだった。ちょうど同級のリサも帰省しているぞ。あとで会ってくるといい」
リサはすごい技を身につけていた。高温のミストを吐くことができるのだ。
スーパー銭湯に雇われて、ミストサウナを任されているという。ぼくもリサに教えてもらって高温ミストの技術を身につけた。
三年後、ぼくらは結婚し、村ではじめてのサウナ施設を開業した。
(了)
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