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【ショートショート】愛しの町中華

 知らない編集者から原稿依頼のメールが届いた。
 町中華を取材して紹介記事を書いてほしいという。原稿料は妥当だった。締切日が三年先になっているのは、単なる記述ミスだろう。私は依頼を引き受けた。
 取材当日。
 夫婦で四十年間営業しているという町中華を訪れ、三時から五時までの休憩時間に話を伺った。それなりに波乱万丈なライフストーリー。最後にレバニラ炒めと醤油ラーメンをいただき、お礼を言って店を出た。
「お時間ありますか?」
「ええ」
 編集者と私は喫茶店に入った。編集者はタジマと名乗った。簡単に記事内容の打ち合わせをしてから、
「ところで締め切りが三年先になっていたんですけど」
 というと、タジマは平然とうなずいた。
「私、せっかちでしてね。ついつい仕事を前倒ししてしまうんですよ」
 私は締切の一週間前から書き始めるのが常だが、この件に関しては絶対に忘れる自信があった。
 帰宅してすぐ原稿を書き、翌日に送信した。
 もしかしたら同類と思われたのかもしれない。私はタジマに気に入られ、それからもしばしば依頼が来た。
 三年の歳月は長い。二年半後、タジマは急病でなくなった。取材した町中華も店主の高齢化ですでに店を閉じている。
 それでもタジマがひとりで運営していた飲食サイト「愛しの町中華」にはちゃんと私の原稿が掲載された。あらかじめ公開が予約されていたのだろう。
 「愛しの町中華」の更新日は毎週水曜日。すでに運営者のいない情報サイトはその後もずっと新しい店を紹介し続けている。
 もう個人経営の飲食店などとうに絶滅し、チェーン店に置き換わっているというのに。

(了)

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