【ショートショート】毎朝の習慣
将来のため貯金もしたいとなると、私が出せる家賃は三万円ほど。
なるべくなら都内に住みたいというと、どの不動産屋も相手にしてくれなかった。めげずに部屋探しを続けていると、
「ありますよ」
とまん丸い目をしたオヤジが言った。
「おすすめはしませんがね」
ワケあり物件なのだろうが、そんなことはかまわない。
「ぜひ内見させてください」
とせがんで見せてもらったマンションは小ぎれいな十九階建てのビルだった。
間取りも悪くない。
「ひとつ制限がありましてね」
とタヌキ顔のオヤジは言った。
「押し入れの下半分は使えません」
「どうしてですか」
「このマンションは墓地でしてね」
「そういえば、隣はお寺ですね」
「お墓の数と部屋の数がぴったり同じなんですよ」
「それがなにか?」
「このマンションは住居兼お墓なんですよ」
「それで安いのかー」
私は納得した。
「押し入れの下の段には骨壺が置いてあります」
「かまいません」
契約を済ませ、部屋の鍵をもらった。私のほかにも、橋本家の人びとが鍵を持っている。墓参のためである。
毎年、お盆には橋本家の人びとが集まり、精進料理を食べてどんちゃん騒ぎをする。すっかり仲良くなった私は、橋本家の養子に入った。賃料の安さに加えて、死後の収まりどころまで決まってしまった。万歳。
私は毎朝、押し入れの前に線香を立て、よろしくお願いいたしますとお祈りを捧げている。
(了)
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