【ショートショート】行商人がゆく
ドアファンが鳴った。
ドアの外には、大きな四角い荷物を背負った老人が立っていた。
「どなたですか」
「毎度お馴染み、行商人でございます」
行商人ってなに。言葉は聞いたことがあるけど、お伽噺かなにかに出てくるものだと思っていた。
「用事はありません」
と私は用心深く答えた。
「そうおっしゃらずに」
と老人は笑顔を見せて言った。
「品物だけでも見てくださいな」
背負子の中身は、雑多であった。パソコンから食料品までなんでも揃っている。統一感がまったくない。
「あなたはなにを売る人なんですか」
「なんでも売ってくれと言われれば売りますし、引き取ってくれと言われれば引き取ります」
私は物置に突っ込んである粗大ゴミの数々を思い浮かべた。
「故障していてもいいのかな」
「もちろんでございます。修理して売りますので」
私は壊れたパソコンとディスプレイ一式、キーボード三つ、時計三つ、用途不明のリモコン、使わなくなったバッグ二つを引き取ってもらい、その代償として掃除機をもらった。
すごく得をした気がする。
「時々、来てくれるかな」
「もちろんでございます」
行商人のやってくる頻度はだんだん高くなり、やがて彼は集めてきた荷物を私の部屋に下ろして、修理をするようになった。修理も、やってみると面白いものである。
何年かたった。
私は大きな背負子を背負い、見知らぬ家のドアフォンのボタンを押した。
「毎度お馴染み、行商人でございます」
(了)
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