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【ショートショート】時間旅行

「おとうさん、タイムマシンを発明したよ」
 息子が居間に駆け込んできて言った。
「なんだと」
 部屋にこもりきりでなにかしているとは思っていたが、そんな奇想天外な発明に取り組んでいたとは。
「おとうさん、実験台になってよ。安全だから」
「ほんとか」
 息子が発明したというタイムマシンは一見、ただのベッドにみえた。
「このタイムマシンは意識だけを過去に飛ばすんだ。実体を送り込むと危険だからね」
 ベッドの枕元にダイヤルがある。
「これでジャンプする年代を決めるんだ」
 メモリをみると、「過去一楽しい」「過去一うれしい」「過去一すごい」「過去一つらい」「過去一退屈」「過去一悲しい」などの文字が並んでいる。
「心のなかを旅するようなものだから、こんな指定しかできないんだ」
「ふーん」
 私はメモリを「過去一つらい」に合わせた。
 宇宙に放り出されたような感覚になった。星々が流れ、時間が飛ぶ。私の眼前に、瀬戸内海の海が広がった。
 小さな船に太鼓を積んで、どーん、どーんと叩いている大人がいる。中学生くらいの男子がたくさん海を泳いでいる。
「これ、なに」
 と息子の声がした。
「これは、中学生の時の遠泳だ。瀬戸内海の孤島に行った。浮きのある地点まで行って戻ってくる。泳げなくても、海に突き落とされるんだぞ」
「野蛮だなあ」
「お父さんの行った学校はそういう学校だったんだ。潮目が反対になると泳いでも泳いでも前に進まなくて、あれはほんとうにまいった」
 しばらくして元に戻ったので、今度は「過去一うれしい」にジャンプした。
「おぎゃあ」
 と赤ん坊が泣いている。
「やっぱりこれかあ」
「これってぼく?」
「そうだよ。おまえにはまだわからんだろうが、子どもがぶじに産まれてくるというのはそれはうれしいもんだぞ」
 いろいろ試して、脳内タイムトラベルを堪能した。
「ところで、なぜ過去しか選べないんだ」
「未来は確定できない、というのはいいわけで、じつはこの発明、婚活サービスに売り込もうと思っているんだ。相手をよく知るためのデートコースとしてね」
 私はうなずいた。
「なるほど。未来はふたりで作るもんだからな」

(了)

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