【ショートショート】失踪
私は別荘地の不動産屋をたずねた。
すごく安い物件が出たというのだ。案内してもらえることになった。
建物はしっかりしている。庭にはたくさんの木々が生え、ドラム缶が縛り付けてあった。
「あれは、なんですか」
「悪さはしません。気にしないでください」
私は結局三百万円で別荘地に一軒家を購入した。よほど用心深いのか、ドラム缶の住人が姿を見せることはなかった。
やがて子どもが小学校高学年になり、木に登るようになった。
「からだった」
「え」
「藁が敷き詰めてあるだけで、なにも住んでないよ」
「そうだったのか。あの不動産屋の口ぶりじゃ、なにか住んでいそうだったが」
そのうち、子どもはドラム缶の中で寝泊まりするようになり、家に帰ってこなくなった。
「おーい」
いくら呼んでも返事がない。
私は長い折り畳み梯子を買った。ケヤキの木を登っていくと、ドラム缶の中で目を光らせている獣がいた。
「おい、太郎」
息子の名前を呼んでみる。
獣はぐるると鳴いた。
あれはなにかが住んでいる巣ではなく、これから住む巣だったんだ。
息子だけを獣にしておくわけにはいかない。
私も違う木に登り、ドラム缶のなかに入り込んだ。
(了)
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