【ショートショート】朝の折り目
サエコはもう何十年もアイロン掛けをしている。プリーツスカートに折り目を付ける仕事だ。
たいていの職場では、この手の単純作業は自動化され、仕事自体が消滅した。
転職するたびに、職場は小さくなっていく。
先日、最後のアイロン屋が潰れ、サエコはお屋敷に雇われた。
カオリお嬢様が、
「あっ」
と叫んだ。
大きなテーブルの上には、豪華な朝食が並んでいた。猫のマルがテーブルに飛び乗り、つーと滑って、コーヒーをお嬢様のスカートにぶちまけたのである。
「大丈夫でございますか」
執事ががあわてて駆け寄る。
「うん。平気。マルを叱らないで」
お嬢様はセーラー服のスカートを見た。
食堂にいたみんながサエコの顔を見た。
サエコは首を振った。
お嬢様のスカートはいくつか予備があり、洗濯は済んでいる。しかし、まだ半分しか折り目がついていないのだ。
「着替えてらっしゃい」
と母親がぴしゃりと命じた。
サエコはお嬢様の後ろについていき、作業中のプリーツスカートをお嬢様に差し出した。
「あら、きれいじゃない」
「でも、まだ後ろ側の折り目が」
「わからないわからない」
サエコが悲しそうな顔をすると、お嬢様はハッとしたように、
「ごめんなさい」
と謝った。
「いえ、いいんです。私の仕事なんて」
お嬢様は急にスカートを脱いで、
「私にも教えて」
と言った。ふたりで急いで折り目をつけた。
お嬢様は、
「私、才能あるかしら」
と明るく言うと、キラキラ輝くプリーツスカートをはいて、くるりと一回転した。
(了)
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