【ショートショート】死ねばいいのに

 目が覚めた瞬間、むかっとした。
 もう八時だというのに、家庭内別居している夫は、仕事にも行かずだらしなく眠っているにちがいない。
 キッチンに行き、トーストを焼いて食べた。夫の分など、もちろん作らない。勝手になんでも食べるがいいのだ。
 テレビをつける。
 ドラマを観る。話の筋など頭に入ってこないが、暇つぶしにはなる。
 そのうち、昼がくる。またなにか食べなければならない。ああ、面倒だ。インスタントラーメンにしよう。野菜が不足するので、葱とホウレンソウを入れる。ついでに生卵も。
 午後は将棋の中継を観る。将棋のルールなんか知らないが、暇つぶしにはなる。
 うちの夫は頭がおかしい。
 ショルダーバッグでもリュックでも、なにか背負えば紐が捻れている。シャツの襟はかならずよれている。
 うちの夫は頭がおかしい。
 かならず人の邪魔になるところに立ち止まる。
 うちの夫は頭がおかしい。
 出窓の側面がガラス窓なのでよそから丸見えである。恥ずかしいから隠せと言って道具を渡しても、オレの部屋だからほっておいてくれという。私の恥になることが理解できない。
 うちの夫は……ダメだ。無限ループに入ってしまう。
 夫のことは忘れて寝よう。
 今夜も夫に「死ねばいいのに」とメッセージを送り、目をつむる。

 夫は十年間スルーを続けている。
 十年前「死ねばいいのに」と言われて死んでしまったからである。

(了)

目次

ここから先は

0字
このマガジンに含まれているショートショートは無料で読めます。

朗読用ショートショート

¥500 / 月 初月無料

平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…

新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。