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【ショートショート】電球のない読書灯

 鄙びた高原に旅したときのことである。
 町に一軒しかない雑貨屋に立ち寄ったところ、妙なものを見つけた。
 うっすらと埃をかぶったような商品棚の片隅に、読書灯らしい品があったのだ。ただし、電球がついていない。
「これはどうやってスイッチをつけるんですか」
「スイッチはないよ。夜になると自然に光るからね」
「へえ」
 私が興味津々で手に取ると、
「お客さん。東京の人かね」
 と聞かれた。
「はい」
「東京では光らないよ」
「なぜですか」
「ホタルがいないからね」
 この地域独自の読書灯か。いいな。いつかこんなところで暮らしたいな。

 十数年のときが流れ、定年退職した。
 私はあの高原へと移り住んできた。
 雑貨屋はもうこれ以上古びることはできないという風情でたたずんでいた。
 読書灯を購入し、新居の寝室に据えた。
 この読書灯が使えるのは六月から八月にかけてだけだ。
 寝室の窓を開け放っておくと、夜八時くらいから徐々に明るくなってくる。仕組みはわからないが、ホタルが集まってくるのだ。
 本を読むには光量が足りない気もするが、問題ない。
 ホタルの集まる心地いい光景に心が和み、ページをくる手もにぶってすぐに眠りに落ちてしまうからである。
 朝、目を開くと、ホタルたちはもうどこにもいない。

(了)

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