正月に読んだ本:最悪の将軍
ウチの妻は歴史小説が好きで、いつも何かしら読んでいる人なんですね。
ここ数年は、佐伯泰英が好きで、全巻読んでいるようです。それにしても佐伯さんは毎月のように本が出るので大変だとぼやいてました。
そんな妻のおすすめで正月に読んだのが、朝井まかての「最悪の将軍」でした。
朝井まかての名前を知ってましたが、あまり読んだことはなかったんです。それでもいくつかは知っていまして、最近では「ぬけまいる」がドラマ化されて面白かった。あとは「和蘭陀西鶴」を以前、妻の勧めで読んだのもよかったし、宮崎あおいでドラマ化された「眩」も野田秀樹が滝沢馬琴だったのはどうかと思ったけど、ドラマの内容はよかった。
そんな知識でしたが、実は、この小説の主人公である5代将軍徳川綱吉には興味があって、じっくりと人物を知る機会が欲しかったところでした。それを知っているから、妻も勧めたんでしょうね。
なぜ綱吉を知りたかったかというと、生類憐みの令が現代に続く日本の基礎を作ったのではないかという仮説を持っていたからなんです。
犬公方と呼ばれた綱吉ですが、生類憐みの令は、犬のための法律ではなく、実は、老人子供を大切にし、剣にものを言わせる武士の時代を終わらせ、平和な江戸及び日本を作った画期的な法律だという評価を聞いたからなのです。
綱吉に対する評価が近年変わってきていて、実は名君だったという声が増えています。
その綱吉を主人公にした小説で「最悪の将軍」というタイトルとは、あれ? 朝井まかてにしては随分決めつけたものだな、と思ったのですが、小説を読むと、このタイトルが最後になって、グッと胸に迫ってきます。
その辺りは、この文庫版の解説を読んでいただければと思います。
目次
一 将軍の弟
二 玉の輿
三 武装解除せよ
四 萬歳楽
五 生類を憐れむべし
六 扶桑の君主
七 犬公方
八 我に邪無し
綱吉とともに、正室の信子が小説中では重要な役割を果たしていて、彼女の視点が綱吉の知性と人物の高潔さ、そして苦悩のありようを立体的に描き出しています。人物を深めた筆致は素晴らしく、この信子と対照的なのが綱吉が重要視した母・桂昌院。彼女が美しくも愚かな京女であることが何度も描かれます。その対比も綱吉の苦悩を写すのに効果的です。
家光の四男という出自で館林藩の藩主だったものが、兄の4代将軍の死によって突然将軍になり、兄が病弱だったがゆえに果たせなかった文治政治を成し遂げることに情熱を傾け、誠実に民の暮らしの向上に尽くしたにもかかわらず、民から受け入れられず理解されない孤独の将軍。
その姿は、私が想像していた以上に立派なものとして描かれています。しかも、その統治の結果、江戸はそして日本は、諸外国にない平和で豊かな国に到達していることを、「日本誌」を書いたことで知られ、実際に謁見した記録が残っているケンペルの口から語らせているのも、なんとも旨い構成です。
それにしても、延宝、元禄から宝永という綱吉の統治下は激動の時代でした。
綱吉の治世の評価が低いことについては、晩年期に頻発した不幸な偶然もいくつかあると指摘されている。具体的には、元禄8年(1695年)頃から始まる奥州の飢饉、元禄11年(1698年)の勅額大火、元禄16年(1703年)の元禄地震・火事、宝永元年(1704年)前後の浅間山噴火・諸国の洪水、宝永4年(1707年)の宝永地震・富士山噴火、および宝永5年(1708年)の京都大火などである[7]。それらは、現代では治世の評価を左右するものとは考えにくいが、当時はこういった天変地異を「天罰(=主君の徳が無いために起こった)」と捉える風潮が残っていた。
また、腹心・堀田正俊の江戸城での斬殺事件があったからこそ、浅野内匠頭の松の廊下の刃傷事件が即切腹になったんだな、とか、忠臣蔵の裁きは松平吉保なんだろうなとか。その辺の描き方も本書は見事です。
それにしても、朝井まかての文章は素晴らしい。感心しながら読んでしまいました。リズムよく、スルスルと読めるので読み進むのが早く、それでいて読み終わるのが惜しいくらい浸れます。だから、途中でやめられず夜通し読んでしまいがち。恐ろしい作家です。
トップ画像にしたのは、左が文庫版、右が単行本の表紙です。
ワンコの方が犬公方っぽいかもね。
歴史好きじゃない方にもオススメです。