新卒社員向けの英才教育
先日、ある企業経営者様とお話する機会がありました。同社様は、いわゆるエッセンシャルワーカー(ライフラインを維持するために現場で働いている人たち)を雇用して事業を行っている会社です。話題が、採用と育成のテーマに及びました。
同社様では、4年前に大卒採用を始めたそうです。以前は、新社会人をいちから教育する受け入れ態勢をつくる組織力がないため、もっぱらその時に必要な機能を補う中途採用のみでした。中長期的にDNAを継承・発展させ、会社の経営を考える機能・人材を拡充していく上で、新卒採用は欠かせない、受け入れる組織力も高まった、という判断のようです。いわゆるメンバーシップ型雇用に会社として新たに着手したということができます。
驚きだったのは、大卒採用を始めて以来まだ一人の離職者も出ていないということです。毎年10人前後採用しているようですので、4年間で既に結構な人数です。次の4月も2桁の入社が決まっています。近年私が直接見聞きした企業様の中では、ダントツの定着率です。離職が必ずしも悪いことではありませんが、それだけの定着率はやはり企業の組織力の強さを物語っているはずです。
同経営者様のお話では、定着率の高さの要因として、入社1年目に取り組んでもらっている教育プログラムが、最も大きいのではないかということです。他にも、例えば1on1の専門家を招いて管理職全員に教育させたうえで1on1ミーティングに注力するなどもされていますが、その上で、同プログラムがかなりポジティブな影響を与えているということです。概要としては、下記のようなイメージです。お話を聞く限り、かなり力を入れて(企画・講師側が同プログラムを重要任務だと明確に認識して)取り組まれています。
・月に1回継続的な講義やディスカッションのセッションに参加する。講師・ファシリテーターは社内外の人材が担当する。
・テーマ・内容は、経営幹部向けでもおかしくないぐらいの、経営教育。一言で言うと、英才教育。
・毎月のセッションの前後で事前課題・事後課題を課す。結果として、新人にとってハードで結構なボリュームになっている。
・1年後に卒業式を行い、何百人かの前で成果を発表する。
卒業式で感想を聞くと、「同じ大学を卒業して他の企業に入社した人と自分を比較して、自分自身のほうがはるかに成長を感じる。他の企業で3年かけて覚えることを1年で覚えた自信がある。それを可能にしてくれたのが同プログラム。」と答えるそうです。
以前の投稿でも取り上げましたが、早期離職の三大要因は「存在承認の欠如」「貢献実感の欠如」「成長予感の欠如」(株式会社カイラボ様による定義)とされています。つまりは、「存在承認」「貢献実感」「成長予感」が充足していると感じられる環境をつくることができれば、若手人材の定着率が高まるというわけです。中でも、「成長予感」の重要性が高まっているそうです。上記の例は、まさにこの「成長予感」を最大限高める取り組みを社を挙げて行い、結果として早期離職が起こりにくい状態をつくれていると言えるでしょう。
ここでポイントになるのは、何が「成長予感」の要素となり得るかは、人によって違うことです。つまりは、新人が自分にとって「成長」と感じることは、AさんとBさんとでは種類が違うということです。キャリアで求めていることが人によって違うからです。Aさんにとっては、生涯取り組みたい分野の専門技術が具体的に高まることが成長かもしれません。Bさんにとっては、将来起業するために必要な経営力が高まることかもしれないし、Cさんは家族を守るための財力の高まり、Dさんは社会的名声が広がることが成長かもしれません。
このことを踏まえると、ひとつ疑問がわいてきます。同社様の英才教育の取り組みも、4年間離職者ゼロという結果も、素晴らしいものです。しかし、入社する人材は全員がそのような教育を求めているのだろうか、そのような成長を求めているだろうか、という点です。冒頭で取り上げたように、同社様は、エッセンシャルワーカーを雇用する事業を行っています。
また、首都圏以外に本社があり、基本的にその本社のある周辺地域にいる学生からの入社希望が大半の会社です。業種的にも立地的にも英才教育を受けて経営人材としての基礎を高めるようなことが、(中にはそれが当てはまる人もいるでしょうが)新人全員にとって重要な「成長」になるとは考えづらいわけです。そこで、同経営者様に問いかけてみました。
その問いかけに対する回答については、次回以降のコラムで取り上げてみます。
<まとめ>
入社1年目の充実した英才教育により、「成長予感」を高めている例がある。