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解像度が高すぎるボッチの高校生活【蹴りたい背中】

過去の自分がフラッシュバックしてきました。
Boy meets Girlなんてありえない。そんな高校生活でした。それはさておき、純文学って、「なにか始まりそうで結局はじまらない」みたいなことが多いですよね。
さて、今週わたしが読んだ本は『蹴りたい背中』(綿矢りさ)です。氏の作品を読むのは『手のひらの京』から二作目。127万部の力量を魅せてもらおうじゃないか……!

あらすじ

 主人公はボッチの高校生。他人に合せることに嫌気がさしてクラスメイトの輪に入れない。そんな彼女=長谷川は同類を見つけたと、同じくぼっちのドルヲタ・蜷川(にながわ)に声をかける。蜷川の推しに会ったことがある、と口を滑らせた長谷川は、彼の家に誘われることに。しかし、訪問した彼の家出感じたのは、淀んだ空気、ちぐはぐな家具たち、純粋さが裏返って狂気となったアイドルへの執着。家族とも学校ともうまくいかない彼の背中をみて、ふと、長谷川は蹴ってしまう……。


「蹴る」はコミュニケーション

 蜷川を見るたびに、蹴りたくなる、戸惑わせたくなる、危害をくわえたくなる。暴力的な衝動を蜷川にぶつける彼女にとって「蹴る」とはどのような意味をもつのか。それは彼女なりのコミュニケーションなんです。彼女の学校生活、人間関係の悩みとかそういった本書のテーマはこの「蹴る」という動作に収斂していると思うんです。

 彼女はあまりに臆病である。本書では長谷川が「高校でもまわりに合せるのは面倒だ」というような表現が頻出しています。ここからは、書かれてはいないけどたしかに存在した彼女の中学生時代を思い起こさせますね。きっと、人間関係で中学生のころに失敗をしたのは想像に難くないです。それをしっかり描写するのでなく、さりげなく醸すだけなのは純文学らしいですね。彼女がぼっちになってしまった理由は他人に「ありのまま」を求めているからなんです。中学時代の友人を遠く感じるようになったのは、嘘の笑顔をするようになったから。陸上部の後輩に嫌悪感を示すのは先生に媚びる態度があるから。陸上部の顧問を嫌うのは、部の女子から好かれるために自分を偽っているから。結局、長谷川は「本当の自分」というものにこだわっているんです。そして他人にも「ありのまま」であるように押し付けている。だからこびたり、お世辞をいったりするクラスメイトが大嫌い。

ここで、蜷川との関係を考えてみると、彼は自分に嘘をついていない。狂気のオタクである。一人の推ししか目に入っていないのはいかにも廃人だが、だからこそ長谷川は惹かれてしまう。恋をしていると友人に勘違いされるのも仕方ないですね。実際、後半に行くに連れて「蜷川は」という主語の文章が増えています。これは彼女の目が彼を追っていることの証左です。

ある意味「本当の自分」を体現できている蜷川にどうして彼女は暴力性を見せるのでしょうか。こびをうったり、自分を偽るクラスメイトとは一線を隠している蜷川は、彼女が幻視する「本当の自分」の体現者であるのに……。
これを考えるヒントが、下の文章に隠されています。

「痛いの好き?」痛いの好きだったら、きっと私はもう蹴りたくなくなるだろう。だって蹴っている方も蹴られている方も歓んでいるなんて、なんだか不潔だ。

人間は通常、暴力に対して素直な反応を示します。痛みがあればそれは顔に現れます。怒りがあればそれを表現します。殴られて「ありがとう」なんて言うことは、皮肉か、怒りの裏返しです。少なくとも、長谷川にとってはそうだった。暴力を与えれば、偽りのない反応が返ってくる。そういう方程式を頭で立てていたのでしょう。痛がるとは、「ありのまま」の反応であると。

つまり長谷川は暴力を以て、蜷川の「ありのまま」を見ようとした。彼女にはそれ以外のコミュニケーションがなかったのです。蜷川が痛がるということは、長谷川を安心させるのです。そこにありのままを見出すことができるから。だからこそ、「痛いのが好き」だったら蹴りたくなくなるのです。長谷川にとって、痛がるのが好きというのは、ありのままを映してはいないと解釈していたのです。

そう考えるとこの「蹴る」という動作を【人間の暴力性】として捉えるのはずれている気がします。まるで動物が得体のしれないものにちょっかいをだすのと同じように見えてきませんか。私は長谷川の臆病さに愛おしさを感じます。コミュニケーションとは本来、継続的な営みのことで、他者への理解はその継続性によって深まるものです。なのに長谷川はそれを拒み、「本来のあなた」を探そうとしている。見た目だけでドラゴンフルーツの味を予想するようなものです。そうしてドラゴンフルーツの正体を測るためにちょんちょんと突っついている。それが長谷川の不器用な他者理解の方法なんです。一種の嗜虐性が、コミュニケーションの方法だったのです。


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