【Q7.日本の懸垂式モノレールに1日で全て乗る】3.大船駅から瀬野駅まで
(前回の記事はこちらです)
湘南モノレール復路→新横浜まで
9時46分、湘南江の島発。湘南モノレールに乗って今来た道を、湘南モノレールに乗ってそのまま大船まで引き返す。往路とは逆側の席に座り、車窓に貼りつく。
湘南江の島から、次の目白山下駅までの区間は、ここだけ単線だ。最後の一区間だけ単線という構造から、西武新宿線をふと思い出した。すぐにトンネルに入る。
丘陵地に造成された戸建て住宅を望む。
大船駅手前の長いカーブを徐行する時に、進行方向左手の車窓の丘陵に、白い巨大な建造物が見える。どうやら、あれが大船観音らしい。
10時03分、大船着。
10時16分、大船発。東海道線、籠原行き。ここから横浜までは、横須賀線と並走する。大船を発車した時点では、小田原方面からやってきた東海道線が陸側、三浦半島からやってきた横須賀線が海側を走っているのだが、途中でトンネルを経て位置が逆転し、横浜到着時点では、東海道線が海側、横須賀線が陸側となる。
10時31分、横浜着。ここで横浜線に乗り換える。
10時35分、横浜発。横浜線八王子行き。
10時48分、新横浜にて下車。駅構内を斜めに伸びる通路を通り、新幹線側の新横浜駅に向かう。窓口にて、広島までの自由席特急券を購入。乗車券は、大船から広島近郊区間までの乗車券を改めて発行し、精算する。
東海道新幹線の車内販売は、昨年一〇月を以ってグリーン車以外は廃止されてしまった。弁当も、酒も、酒のツマミも、駅構内の売店で予め調達しなければならない。慌ただしく買う。弁当を買う時に、箸は付いているのかとレジのおばちゃんに確認すると、折り畳み式の箸が弁当箱の中に入っていると言う。その時は良く分かっていなかったが、取りあえず早く出発したいので、深くは詮索しなかった。
羽田空港事故のため大混雑の新幹線
取りあえず、次に来るのぞみに乗ろう。11時07分、新横浜発、のぞみ67号広島行き。新大阪でも博多でもなく、広島行きである。私の次の下車駅も広島なので、実に丁度良い。
のぞみ下り列車の自由席は、進行方向前方側の1~3号車だ。プラットフォームを名古屋方向に歩いて、所定の場所で待つ。既に長蛇の列が出来ている。入線してくると、自由席車輛からは、何人かの旅行者が、巨大なスーツケースを引きずって下車してくる。この時点で、異変に気付くことも出来たはずだが、私は何も気付いていない。
何も考えずに乗る。自由席車両は、既にデッキまで立ち席の客で溢れかえっている。空席を探して車室に向かった人々も、すぐに諦めて引き返してくる。歩くことさえママならない。
一月二日に、羽田空港滑走路において発生した、日航機と海上保安庁機の衝突事故が、新幹線の乗客数に影響を及ぼしている。この飛行機事故のため、羽田を離発着する旅客機は減便を余儀なくされ、年始のUターン客はその影響をダイレクトに受けることとなった。飛行機に乗れなくなった客の何割かは、当然新幹線を使う。その帰結が、眼前の大混雑であった。
先程新横浜にて下車した客は、当然東京か品川で乗車した客だ。乗車したが、自由席に着席できる可能性が絶望的であったため、後発の列車もしくは「ひかり」に乗り換える判断をして、一旦この列車を降りたのだろう。
この事故では、旅客機である日航機側には、一人の犠牲者も出なかった。客室乗務員の的確かつ迅速な避難誘導と、パニックを起こさず整然とその指示に従った乗客の民度の高さが、世界から賞賛を集めている。他方、海上保安庁機の側では、殉職者が出た。海上保安官達は、一月一日に発生した、能登半島沖地震の救援に向かうために、羽田を離陸する所であった。悼ましい。
つまり、眼前のこの大混雑は、能登半島沖地震がもたらした余波の一現象であると言えた。
デッキに立ち続ける。早朝の横須賀線に続いて、脚を酷使することとなり、非常に辛い。窓際は両方とも別の人が立っており、景色を見ることも、撮影することも出来ない。名古屋までなら何とか耐えられるかもしれないが、新大阪や岡山辺りまでこの状態が続く可能性を思うと、さすがに厳しい。
立ち客の合間を縫いながら車内巡回を行っている車掌を呼び止める。小柄で小太りの中年女性の車掌だ。どんな席でも良いから、指定席に空きが無いか調べてもらう。手元の端末をしばらく操作していたが、一つ見つかったようだ。13号車のB席。B席は、三人掛けの側の真ん中の席で、ABCDEの中で唯一、窓際でもなく通路にも接していない。五種の中で最も不人気とされているが、それでも今の私にとっては救いの神だ。新横浜→広島間の自由席特急券との差額、一五八〇円を払い、発券してもらう。車掌の持つ小型精算機から、クリーム色の薄いロール紙に印刷された指定席券が、軽快な機械音と共に吐き出される。助かった。
スーパーのレシート用紙と同じ紙質のその指定席券を固く握り、1号車のデッキから13号車まで歩く。長い。Uターンラッシュのためか、車内にはやはり家族連れの姿が多いように思う。途中、グリーン車を通り過ぎたが、ここだけは空席が余っている。人間社会の縮図である。
目的の車輛まで辿り着き、通路側、C席の若い男性に声をかけ、前を空けてもらう。髪を染めていたが、礼儀正しい青年であった。A席には若い女性が座っている。A席の女性とC席の男性とは、互いに赤の他人のようであった。
着席したのは11時43分。左側の車窓に、浜名湖らしき水面がチラリと見えた。
千葉みなと駅で朝一番に飲んだコーンポタージュスープ以降、何も口に入れていない。とり急ぎ、新横浜にて買った駅弁を開く。「豚肉肉巻きおにぎり」。弁当屋のオバちゃんが言った通り、本当に折り畳み式の箸が入っていた。より正確に表現すると、折り畳み式というより、伸縮式だが、良く出来ている。アイデア商品だ。気に入った。これは洗って、持ち帰ることとした。
その箸で弁当を食べ、チューハイを喉に流し込む。美味い。やっと落ち着いた。
京都にて通路側の男性が降り、新大阪で窓側の女性が下車する。空席に荷物を置き、存分に脚を伸ばして、阪神間の海側の車窓をノンビリと眺める。瀬戸内海、明石海峡大橋が望める。時に在来線と、また時に自動車道と並走する。
新大阪以西は、山陽新幹線であるが、在来線は神戸までが東海道本線で、神戸以西が山陽本線であるという。
新神戸でも、姫路でも誰も乗ってこない。岡山を出た時点で、終点まで隣に誰もいないことが確約された。
車内販売が無いため、酒やツマミの追加購入が出来ないのはやはり残念だ。一つの偉大な時代の終焉を、感じざるを得ない。早朝からの疲れが出て、眠ってしまう。
14時42分、広島着。広島に来るのは、小学校の修学旅行以来だ。駅の中には地元企業、マツダの車が展示されている。
駅スタンプを探す。在来線の改札にあるというので、借りて押す。エキナカの商業施設や土産物屋をゆっくり見て回る時間は無い。
この辺りの山陽本線は、広島とその近郊を結ぶ通勤通学路線としての役割が大きく、本数も多い。西条方面に向かう、山陽本線白市行きに乗る。進行方向は東だ。来た方向に少しだけ引き返す格好となる。
15時05分、広島発。発車してすぐに、広島カープの本拠地、マツダスタジアムが右手に見える。壁面に書かれた巨大なカープのロゴが目を引く。次いで長大な貨物ターミナルが広がる。
広島市街地を経て、郊外に進む。北側の車窓に見える住宅地は、丘陵地に食い込んでいる。
15時24分、瀬野駅着。広島市郊外の住宅地だ。今回のクエストの最終ミッションが、この住宅地で待ち構えている。