ダメでもともと、いうのはタダよ。~ダメ元精神を育みたい~
#20241123-492
2024年11月23日(土)
ノコ(娘小5)の口がもごもごと動いた。
「んん? なんていった? いいたいことがあるならいってほしいな」
顔をそむけ、ノコがいい捨てる。
「どうせダメっていうし!」
ああ、と気持ちが沈む。
ノコにそういわせてしまうやりとりを私たち夫婦がしていたということなのだろうか。
できるだけ、ノコの意見を取り入れ、尊重しているつもりだ。それでも、子どもの欲求は際限なく、きっちり線引きをせねばならないもときもある。譲れないこともある。
私の親は「ダメ」といったらダメで、揺るがなかった。この一貫した姿勢もときに重要ではある。私は話の切り出し方によって親の承諾を得られるか左右することを学び、状況やいいだすタイミング、その言葉を考えるようになった。
そういう意味で、私はかなり諦めが悪い。
そして、まず叶わないだろうと思うことも一応いってみる。
あくまで丁寧に、ちょっぴり「困っている」声でお願いする。却下されることが前提なので、断られたら「そうですよね」とあっさり引く。このとき、粘ってはいけない。根に持ってもいけない。断られても当然のお願いをしているのはこちらなのだ。
これはときにむーくん(夫)から呆れるような、感心するような笑みを向けられる。
よくそんなお願いをする度胸があるなぁ、というところか。
「ダメ元で、チャンスが舞い込むかもしれないじゃん」
私は鼻の穴をふくらませて、むーくんにいい返す。
「ノコさん、そりゃあ、内容によっては『ダメ』といわれて終わる場合もあるよ。でも、いわなければ、なにも叶わないよ。いわなきゃ、あなたの人生なにも叶わないよ」
駄々をこねれば叶うと思ってはほしくない。ただしてほしいことは、いわなければ叶わないことをノコに知ってほしい。
今は、ノコのお小遣い制度を見直す話し合いをしているところだ。親側が提示した金額がノコは不満らしい。そうかといって、きりのないノコの値上げに応じることはできない。
「そりゃあ、ノコさんがいくらがいいといっても、すぐ『そうしましょう』とはいえないけどね、話し合うことで納得できる金額を探すことはできるんだよ。ノコさんも、パパとママも、少しずつ譲り合って『それならいい』と思えるところを探すの」
ノコはちろりと目だけ私に向ける。
「わかってるけどさ。すぐダメっていうじゃん」
つくづく難しい。
「ダメ」という回数は少ないと思うのだが、ノコには「いいよ」といわれたときより強く心に残るのだろう。
ノコはまだ「特別」が理解できない。
いくら「今回は特別だからね」と念を押しても一度「特別」を許すと、今後も続くと思い込んでしまう。たとえば、おやつの量、帰宅時刻など、もっといっぱい、もっと遅くとノコの欲求はどんどん膨らむ。これらは特に日常のルールゆえ、揺るがないことが重要となる。おやつなら、外出時や集まりに出掛ければ、かなりの量を食べる機会はあるのだ。
「特別」が理解できれば、こちらももう少しゆるめることができるのだが、「このあいだは、いいっていったじゃん」といわれれば、こちらも言葉に詰まる。
「特別だよっていったよね?」
「そんなの知らないし」
これでは、「特別」の出番はまだまだ遠い。
冬らしい気温になりはじめると、ノコは体育の授業を渋るようになった。
「ママママ、体育休んじゃダメ?」
半袖半ズボンの体育着は寒くて嫌だという。
「6年生はいいな。下にスパッツとか穿いてるんだよ」
学校からの便りには、冬期は装飾のない無地のトレーナーなら着用可だとあった。
「先生が着ちゃいけないっていったの?」
「いってない」
「じゃあ、先生に尋いてみればいいじゃない。ノコさんがそう思っているだけで着ていいかもしれないよ」
寒さを理由に授業を休ませるわけにはいかない。
「どうせダメっていうし」
またまた「どうせダメっていうし」が飛び出した。
小学5年生だ。生理がはじまったクラスメイトもいると聞く。体を冷やすことがしんどい子どもだっているはずだ。
「いうだけいってみたら、着られるようになるかもしれないよ」
ノコはため息をつくと、小さく首を振った。
いう前に諦めてしまうこの流れをどうにかしたい。
「いったら叶った」という成功体験が鍵かもしれないが、そういう場を用意するのもこれまた難しい。