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沈む心 ~その2~

#20230914-230

2023年9月14日(木)
 昨夜はノコ(娘小4)の気がむーくん(夫)に向かわないよう、一緒に入浴した。
 ノコは相変わらず、浴室でここは舞台かという声量で歌い、踊りまくった。声が反響し、何がなくても耳に辛いのに、むーくんの様子が気掛かりでならない私には騒音にしか聞こえなかった。
 ――お願い、静かにして。
 そういいたいのを堪えた。

 ノコには「パパは疲れてるみたい」で通し、夕飯も寝室に運んだ。
 察したのか、ノコはいつもならこんなに頑張らない宿題をし、なかなか寝ようとしなかった。
 「なんでパパ起きてこないの?」
 ――ママだって、わからない!
 「私に会いたくないっていうこと!」
 ――またズバリというね。
 「パパを寝かせてあげてね」
 そうノコに返すしかなかった。

 ノコが寝た後、声を掛けるとむーくんが居間に下りてきた。
 帰宅したときより顔色はいいが、やはり口数が少ない。「どうしたの? 大丈夫?」ときまくりたいのを我慢した。
 明日も仕事がある。むーくんの職場は宿泊可能だ。
 「明日、職場に泊まる? それともご実家に行って泊まる?」
 出張のない職場なので、むーくんがいない夜は心細い。50歳を過ぎたいい大人なのに、実家暮らしからそのままむーくんと結婚した私はひとり暮らしを経験していない。
 ひとり時間は好きだが、ひとり夜を越すのは違う。
 ノコがいるからひとりじゃないけど、大人はひとり。
 それでも今はむーくんにとって楽な環境にいてほしい。
 むーくんは答えない。

 私はどうにも心が沈むときは、寝るに限ると思っている。
 心の不調も体の不調も大抵寝ればなんとかなる。悩みごとだって、疲れた頭と心で考えてもどうしようもない。
 とにかくたくさんたくさん寝て、起きて、朝日を浴びて、それでも気持ちが浮上しないのなら、そのときまた考えればいい。
 「寝よう。むーくん、寝よう」
 夕食は済んでいる。洗面所までむーくんの手を引いて並んで歯磨きをし、居間のエアコンと明かりを消した。寝る支度をずんずか進める。
 「明日も早いんだからさ。ほら、早く寝られる日は寝ようよ」

 真っ暗な寝室で横になる。
 隣でむーくんがごそごそもぞもぞしている。先ほど少し寝たらしいから、寝付けないのだろうか。
 「明日、泊まっておいでよ。職場でもご実家でも」
 「……んー……」
 肯定なのか否定なのかわからない。返事なのか、思案しているのかもわからない。
 「いや……」
 帰ってくるのだろうか。
 「……ノコさんがいる家はしんどい?」
 「んー…… よくわかんねぇ」
 目を凝らしても暗闇のなか、むーくんの表情は見えない。手探りでその額にたどりつき、そっとなでる。
 ぽつりぽつりとむーくんが言葉をつむぎはじめたので、暗いとすぐ睡魔に襲われる私は懸命にその声に集中して眠気を振り払う。
 闇のなかでは視野が奪われた分、内側――心に目が向くのだろうか。わからないなりにも、いつもよりむーくんが自分の心を見ようとしているのがわかる。

 疲れたんだろうな。
 ノコにも。暑さにも。いろんなことに。
 人間、いつだって元気ハツラツではいられない。そんなときだってある。

 翌朝――つまり今朝。
 むーくんは早朝出勤で、5時に私が起きたときにはもういなかった。
 ゴミ集めが済み、玄関にまとめてあった。
 それに対してお礼の連絡を入れると、「時間なかった。捨てられなくてごめん。」と返ってきた。
 そして、「帰るよ。」と続いた。

 むーくんが帰ってくる。
 ノコとの距離をどうしたらいいのだろう。
 そう思いながらも、むーくんが帰ってくる安堵感がたまらなく大きい。頬がゆるむのが自分でもわかる。
 むーくんが帰ってくる。

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