沈む心 ~その1~
#20230913-229
2023年9月13日(水)
夕方、むーくん(夫)が仕事から帰ってきた。
少し前にノコ(娘小4)はおやつもそこそこ隣接する公園へ飛び出て行った。
「ノコさん、公園にいるよ。見た?」
むーくんが視線を落としたまま、「ん」といったような、いわなかったような、なんだかよくわからない。
日頃からお喋りな人ではないが、まとう空気がいつもと違う。
おかしい。
重い。
動きが鈍い。
「……具合、悪い?」
残暑はまだ厳しいが、夏休みが明けて気がゆるんだのか夏の疲れが出てきている。学期のはじまりは、ノコも不安定で気を張っていないといけないのに、ずしりと蓄積した疲労が心にも体にも押し寄せている。
これらは私のことだが、同じように夏を過ごしたむーくんだって、そうかもしれない。
むーくんは普段から自分の疲れに無頓着のところがある。
首をのろのろと振る。
「なんか……」
次の言葉がなかなか出てこない。
思うところはたくさんあるのだろうが、むーくんは自分の気持ちを言葉にするのに慎重だ。
私は急かしたい気持ちを抑えて、続く言葉を待つ。
「なんか……なんか……もうノコのヤダヤダを聞くのに……疲れたっていうか……」
あぁ、むーくんが聞いてくれることをいいことに、ノコのヤダヤダを愚痴り過ぎただろうか。愚痴というか、私にとってはノコの現状報告、むーくんとの情報の共有のつもりなのだが、むーくんには愚痴に聞こえていたかもしれない。
ノコのヤダヤダは圧倒的に私に向けられる。むーくんは自分が携われない勤務中に、私がノコのヤダヤダを浴びていることをとても心配している。
「なんていうか…… ノコがいる家に帰りたくない」
これはヤバイ。大変だ。緊急事態だ。
むーくんの心が参ってしまったら、私1人でノコの対応は厳しい。大人2人の二馬力だからこそ、我が家はなんとかかんとかやっている。
体調不良と心のしんどさがつながっている場合もある。
「熱っぽいとか。寒気がするとか。喉が痛いとか。具合が悪い感じはある?」
むーくんが力なく、首を横に振る。私はむーくんの額に手を当てる。確かに熱っぽさはない。
さて、どうするか。
むーくんは話して気が軽くなるタイプでもないし、自問自答をして自分の気持ちを探るのを好むタイプでもない。自分と違うタイプなのは助かる面もあるが、窮地のときにどれが明るいほうへ導く手立てになるのかがわからない。
とにかく、ノコと距離を置こう。
家庭内だと難しいが、顔を見合わせるのは身も心も休まらないだろう。
17時になり、地域のスピーカーから帰宅を促す音楽が流れ、アナウンスがはじまった。
ノコが帰ってくる!
大粒の汗をノコは額に浮かべて玄関に現れた。「5時なのにまだ帰らない子がいる」と怒るノコを洗面所に誘導する。今、学校では新型コロナウイルスとインフルエンザが流行し、学級閉鎖も出ている。ノコのいい加減な手洗いだと心許ない。
「ママとシュッシュコ、シュッシュコ、シュワシュワ~しよう」
ノコの手に私の手を重ね、一緒に丁寧に手を洗う。途端、ノコは幼児に戻り、甘えた顔になって「シュッシュコ、シュッシュコ」とお尻を振って歌う。
その耳元に私は囁く。
「パパね、お疲れみたいなの。静かにできるかなぁ?」
「はぁーい!」
しっかり返事したものの、居間にいるむーくんの姿を目にすると忘れてしまったらしい。
「パパァ、パパァ!」
むーくんは手にしたスマホから視線を上げず、うるさげに――いや、まるでノコの声が刃にもなったかのように頭を深く下げ、首をすくめた。まるで自分の身を守る亀のようだ。
「なんで返事しないわけ!」
ノコが追い打ちをかけるようにいい放つ。
「パパ、お疲れなの。静かにしてあげてね」
ノコの肩に手をおいて、私はいう。
「へぇー! 疲れててもスマホは見れるんだね!」
別にスマートフォンを熱心に見ているわけではない。ぼんやりと放心してTVやスマホの画面を眺めていたいときが大人にはある。ノコにとって、スマホは憧れの機器だし、TVも夢中になって見るものだから到底わからないだろう。
「むーくん、寝室に行ってていいよ。エアコン、ちゃんとつけてね」
私はむーくんを隔離する。
同じ屋根の下に暮らしているので、ノコと距離を置くのは難しい。
ヤダヤダばかりのノコにひとりで対応するのは厳しいが、むーくんが大切だ。
何がどうなっているのか、むーくんの状況はよくわからない。
とにかく踏ん張る。
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