人との距離感が近い子どもを変えるには。~その2~
#20240227-365
2024年2月27日(火)
ここ数日、関東では爆風といっていいくらいの強風が続いている。
家にいてもガス台の上にあるレンジフードの金属フィルターが始終カタカタと鳴り、窓の外では風が唸っている。時折、強い風が窓ガラスに当たり、ドンと音を立てる。
ニュースによると、羽田空港ではこの強風による欠航が続いているらしい。看板の落下、渋谷では街灯が倒れたという。
こうも風が強いと、飛ばされないよう歩けばいいだけでなく、飛んでくる物にも気を付けねばならない。
ノコ(娘小4)は自分で結うといったものの、出来が気に入らず、結い直す時間もなく、慌てて登校していった。
大きな音を立てて玄関ドアが閉まったのは、風のせいか、ノコが勢いよく閉めたからなのか、わからない。いつも通り、窓を少し開けて集団登校をしていくノコに小さく手を振ったが、ノコはこちらを見たものの、口をへの字にゆがませたまま顔をそらした。
ノコが不機嫌なまま登校していくことはよくある。
手を振り返したり、笑顔を向けたりするようになったのは、ごく最近だ。
15時過ぎにノコが帰宅した。
玄関ドアを開けた途端、開口一番ノコがいった。
「ママ、朝は怒ったまま行ってごめんなさい」
おや、珍しい。覚えていたのか。
不機嫌で登校していっても、学校で過ごしているうちにノコは忘れてしまうのか、帰宅する頃にはケロリとしている。もしくは、学校で新たに生じた嫌なことに怒り、嘆く。
私は笑いながら、わしゃわしゃとノコの頭をなでまわした。
「なぁに、珍しいこと! 覚えてたの?」
「うん…… ママに悪いことしたなって思ってた」
洗面所に向かったノコは手早く手洗いとうがいを済ませた。
「悪いなって思って、それをちゃんと覚えていて、謝れたんだね」
私は居間に来たノコを抱き寄せ、膝に乗せ、ぎゅうと抱き締める。
「今日はどうするの? 公園に行くの?」
天気はいいが、強い風が公園の砂を巻き上げている。
「風、強過ぎるから行かない。砂があたって痛いんだもん。宿題やって、ママの漫画読む」
目下、ノコは私が集めた少女漫画本に夢中で、次巻次巻とすごい勢いで読み進めている。
――今、ノコはとても落ち着いている。そして、今日は時間的にも余裕がある。
私はノコを抱き締める腕に力を込めた。ノコの耳元にやさしくいう。
「ノコさん、ちょっとお話がある。怒らないで聞いてね」
ノコの体がほんの少し強張るのがわかる。
この頃、ノコは真面目な話を嫌う。私はノコが身をよじって逃げだす前に言葉を続けた。
「ノコさん、最近、またお友だちとの距離が近くなってるんだ。もう幼稚園じゃあない。小学4年生だ。ぎゅうと抱き締めるのは『家族の距離』だよ」
注意すると、ノコさん、怒っちゃうでしょ。
だから、ママ、いうつもりなかったんだ。
いつかお友だちに「ノコちゃんって距離が近いよね」っていわれたら、自分から気を付けるようになるかなって思っていたの。ママにいわれるより、お友だちにいわれたほうが心に届くかなって。
でもね、お友だちにいわれたら、ノコさん傷つくでしょ。悲しくなるでしょ。
そんなノコさんを見るのもママは辛いんだ。
ノコさんは、生まれたときからパパとママと暮らしている子と違ってさ、乳児院や児童養護施設で育ったでしょ。そこの人たちもたくさんノコさんを可愛がって大事にしてくれたけどね。子どもがいっぱいいるからさ、ノコさんはどうしてもお家で育った子よりぎゅうが足りないんだよね。
だから、ぎゅうしてほしくなっちゃうし、ぎゅうしたくなるんだ。
それはノコさんが悪いわけじゃあない。
ぎゅうが足りないんだから、仕方がない。
ノコさん。
ノコさんはお友だちに離れてほしくなくて、知らずにぎゅうしちゃうんだと思う。自分では気付いてないんだと思う。
今度からお外でお友だちとの距離が近過ぎたときは、ママは1回だけ「それは家族の距離」っていうから。そうしたら、離れられるかな。
私はノコの目の前に指を1本立てた。
「それでも、ぎゅうしたいときはママやパパのところに来て。ママとパパは家族だもん。たくさんぎゅうできるからね」
ノコの顔を覗きこもうとすると、ノコはぷいぷいと顔をそむけた。
目を伏せ、泣きそうな顔をしている。でも、怒ってはいない。
「ぎゅうが足りないだけ。ママとパパといっぱいぎゅうしたら、ちゃんと満杯になるから大丈夫だよ」
私はノコの顔を見ることを諦め、もう一度胸に抱き寄せ、その背をなでた。
本当はいうつもりなかったのだけど。
こういうのは、タイミングだから。
今、いうべきだと感じたら、きっとそれがいうときなのだ。