尖った槍と気象予報士の指し棒
#20230726-178
2023年7月26日(水)
エスカレーターに乗る度にノコ(娘小4)が悪態をつく。
「歩きたいなら、階段行けってぇんだよ! 階段行けよ、カーイーダーン!」
エスカレーターで片側を空けること、エスカレーターで歩くことがどうにも許せないらしい。
確かにエスカレーターでの歩行禁止の注意書きはいたるところにある。
それは安全面からもわかる。
だが、片側を空ける慣例があるのも事実で、空いている側を歩行する人がいるのも事実。
見知らぬ人と並んで立つ気まずさから1段に1人になるのはありうる。それが交互ならば、その間をあえて縫うように歩くのもなかなかの強者となるが、急用があり歩きたい人もいるだろうという気遣いも働いてしまい、どちらかに寄ってしまう。
安全面を考えれば、それはやさしそうでやさしくない心配りなのだろうが、あえて空いている側に立ち、背後の人に退けとばかりに舌打ちされるのも正直面倒くさい。
それにしても、ノコの乱暴な言葉遣いに空を仰ぎたくなる。
「正しいことでも乱暴な言葉遣いでいったら、台無しだよ」
「だって、危ないじゃん!」
「危ないけどね・・・・・・ ノコさん、いったいどこでそんな言葉遣い覚えるの?」
「パパ!」
私もそんな言葉遣いをしないが、むーくん(夫)だってしない。
「えー、パパはママのいないところではそんなふうにいうんだ」
「パパァーーが見せてくれたTV?」
なぜ語尾が上がる。
「何の番組見たの?」
ノコがにやりと笑う。
先日放送していた幼い子どもが1人で買い物に出る番組の一場面を再現する。
「あのよぉ、今、母ちゃんが具合悪くってさぁー。寝てんだわぁ」
いや、それは方言だから。
私も家事のあいまにチラリと見たけど、現に方言特集だったし。乱暴な言葉遣いとは違う。
VTRを見ていたスタジオの芸能人たちも幼い子がまるで成人男性がいいそうな台詞をいうギャップと間延びしたテンポの牧歌的な空気に思わず笑みがこぼれていた。
「それは方言。乱暴な言葉遣いとは違うよ」
ノコが首を傾げる。違いがわからないようだ。
方言の子どもはまだ小さいこともあり、声音もやわらかいし、ゆったりと話している。
それに対して、ノコは早口で滑舌はいいし、低音ではないが表情に凄みもある。喧嘩を売っている感が強い。思わず、どこのチンピラだと突っ込みたくなる。
「同じだし」
不満げにノコが口をとがらせる。
そりゃあ、字面だけ見たら似ている・・・・・・かもしれない。
「うーーーん」
思わず唸ってしまう。
学校の友だちとのトラブルもいい方ひとつで回避できるように思う。
ノコは、少しでもきつい口調で注意されただけで嫌な気分になるという。(※ 感じる心は自由だが、しんどそうな娘。心の力を抜くにはどうしたらいいのだろう。)だが、ノコが友だちを注意するときのいい方はかなり尖っている。耳にする度に「もう少しやさしくいったほうがいいよ」と声掛けをしているが、「いってるし」で一蹴されてしまう。
録音して本人に聞かせたほうがいいかと思ってしまうが、録音するタイミングが合わない。
聞かせることは無駄にならないだろうが、録音を聞いてノコが客観視できるかも怪しい。
「やさしくいう」というのがわかりにくいのだろうか。
「ゆったり」「のんびり」いったら、乱暴な言葉遣いもほんわかした空気になるだろうか。
「歩きたいならぁ~、階段行けってぇんだよぉ~」
おお、少しいいかもしれない。
もう少しのどかさを加えてみよう。
「歩きたいならさぁ~、階段行けってぇんだよなぁ~」
のんびりいうと、気持ちも落ち着きそうだ。今にも攻撃しそうな尖った槍ではなく、TVの天気予報番組で気象予報士が画面を示す丸い玉がついた指し棒のよう。
「ねぇ、ねぇ。ねぇ~」とやさしくつつく。
ノコが手に握るものをそっと交換できればいいが、強く握りしめた槍から力を抜く気配がない。