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ストップウォッチに任せると、長くても短くても記録更新を狙いたくなる。
#20240413-382
2024年4月13日(土)
「ママママ、わかんない」
洗濯物を干そうとしたところへノコ(娘小5)が教科書とノートを手にやってくる。
陽射しが貴重なので先に干してしまいたいが、洗濯機2回分の洗濯物は「ちょっと待って」という量ではない。
洗濯カゴを床に下し、テーブルにつく。
「どこがわからないの?」
ノコが乱暴に教科書とノートをテーブルの上に投げ出す。椅子に腰を下ろすが、膝は立ち、両肘をテーブルについている。
――人に教わる態度だろうか。
「わからないところを見せてちょうだい」
「ん」
ノコが顎で教科書とノートを指す。
「開いて、どの問題がわからないか、ママに教えてちょうだい」
「はあああああああ」
けだるげにため息をつくと、テーブルの上に上半身を投げ出し、私を睨む。
――尋ねておきながら、なぜ睨む。ため息をつきたいのはこっちなんだけど。
「ママが開けばいいじゃん」
宿題をやりたくないのだろう。
問題がわからないのも腹立たしいのだろう。
それはわかるが、教わる相手に見せる態度だろうか。
「ノコさん。ママが先生でもあなたはそんな態度なの?」
ノコの双眸に鋭さが宿る。
「……ンなわけないじゃん」
「ママは洗濯物よりあなたを教えることを選んだの。でも、ノコさんがそんな態度だとやさしい気持ちで教えることはできない」
「はあ、そーですかッ!」
語気荒くいい放つと、ノコは教科書とノートを雑に重ね、ランドセルに突っ込んだ。
「やらないの?」
「だって、ママ、教えたくないんでしょ。やさしい気持ちで教えられないんでしょ。じゃあ、やる意味ないじゃん!」
そうきたか。
「ノコさんが態度を改めれば、ママも嫌な気分を切り替えて教えます」
「すぐ、やさしくならないでしょ」
「頑張って、気持ちを切り替えるよ。まずは、姿勢を正してほしいな」
立てた膝を床に下し、ノコが背筋を伸ばした。
「教えてほしい問題を見せて」
教科書を開き、ノートを開く。
「これ。わかんない」
鉛筆のお尻で叩く紙面を見れば、ノコが毎朝やっている練習問題を式ではなく、文章で問うているだけだ。
「0.46を100倍にするというのは、式ならどう書くの?」
「知らないし」
「倍にするっていうのは、足し算? 引き算? それとも」
「掛け算だし」
「じゃあ?」
「0.46掛ける100。……あ!」
鉛筆を持ち直し、ノコが書きはじめる。
私はノコに見えないようテーブルの下で腕時計のストップウォッチ機能をタッチする。
「次はどうだろう。あぁ、これは難しいね」
1問目と難易度は大差ないが、あえてそういう。
「ノコさんに解けるかなぁ……」
「え、わかるよ」
1問目よりはやく鉛筆を動かす。
「あらま、できちゃった」
そろそろ「あとは自分で頑張って」といいたいが、今日の様子だと全問解き終えるまでノコの傍らを離れたらいけない。中途半端に離脱すると、またへそを曲げてしまう。
「今度は10分の1だね。小数点はどっちに移動するのかな」
「えっとねぇ」
ノコの下顎が前に突き出る。舌っ足らずの声に甘えがにじむ。
「あたちねぇ、わかるよぉ」
すらすらと書いた答えは、正解。
「またできちゃったねぇ。でも、次は1000分の1だって。ちょっと難し過ぎじゃない?」
「大丈夫、大丈夫」
1問1問、ノコに問いかけては待ち続ける。
文章と式。形は違えど、やったことがある問題なのだから手が止まってもすぐヒントを与えてはいけない。
焦ってはいけない。
とにかく待つのだ。
ノコは首を傾げつつも、しっかり解答を記していく。
「あらま、全部終わっちゃったよ」
私がさも驚いたように笑うと、ノコは肩をすくめてノートを閉じた。
「あ、ノコさん、ノートに名前書いてね」
進級したので、学校から新しくノートが配布された。
「ママ、書いてえ」
「自分で書いたほうがいいんじゃないの?」
「ヤダ。ママの字がいい」
「そう。じゃあ、ママが書くね」
腕時計をタッチし、ストップウォッチを止める。
――17分45秒。
30分はかかると思っていたのに、意外とはやく済んだ。
「ママ、ぎゅうして。今日まだしてない」
ノコが両手を広げ、抱きついてくる。
急いては事を仕損じる。
でも、なかなかそれができないんだよなぁ。
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