のぞみ号にて
チケットの手配が直前で、めずらしくC席に座る。散髪したばかりの坊主頭は流れる汗が大変で、タオルを巻いたり帽子をかぶったりして夏を凌ぐ。今日はデニム地のハンチング。
そろそろ出発かというころA席に男性が入ってきた。俺はたいていそうなのだけど、座面ぴったりに腰を引いて「気をつけ」でもしているかのような姿勢で座っている。腰痛を防ぐためだ。
彼は俺の左つま先につまづいた。決して足を投げ出したりなどしていない。にもかかわらず。
若い。痩せ型。グレーのスーツ。「すみませ〜ん」という感じで軽くお辞儀をしながらA席についた。
見ると彼もハンチングをかぶっている。俺もハンチング。他人が見たらハンチング愛好家のオフ会。ずいぶん楽しそうだな。
屋内では帽子を取れとしつけられた俺は座席フックにハンチングを引っ掛ける。彼もまた、引っ掛ける。
ハンチングを取ると彼のスキンヘッドが現れた。本格派。剃ってる。
ほどなくして彼はバッグから本と手帳を取り出し、バッグを机がわりに何やら書き込み始めた。
横目で見る。
禅について書かれた本の一節を筆写しているようだ。ふむふむ、勉強中なのかな。修行中と言うべきか。
俺は、新幹線や飛行機では気をつけの姿勢のまま眠る。それが一番楽ちんだから。
三島あたりだろうか、一度目が覚めた。ふとA席に目をやると彼もまた気をつけの姿勢を美しく保ち、しかし眠ってはおらず、じっと前席を見つめている。さすが修行中。座禅の最中なのだろう。
不意に彼が席を立った。俺の左つま先につまづきながらトイレと反対方向に向かった。ついでに俺のハンチングを落っことして行きやがった。
看脚下。
戻ってきたとき、今度はつまづかなかった。やればできるじゃないか。
再び眠りにつき、京都の手前で目が覚めた。彼は京都で下車するらしい。
降りるとき俺の左足に、またつまづいた。座禅しすぎて空間認識どうかしちゃったんじゃないのか。
脚下照顧。
「すみませ〜ん、すみませ〜ん」という感じの軽いお辞儀を二度。彼の背中を見ながらなんとなく応援したくなっていた。
世界のゴキゲンが増えるといいなって考えたりしゃべったり書いたりしてます。ありがとうございます。