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ショートショート

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ショートショートの数々、知恵を絞って書いています。
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沈む寺

沈む寺

裏庭の桜の大木が枯れてしまった。引き抜かれた根のあとに何かが覗いている。そっと掘り起こすとお寺の形をした置物だった。蓋を開けるとバラバラになった数珠のような茶色の玉と、その下に白いものが・・・
これは骨?

曾祖父は医者でこの地に病院を建てた。一番にラジオを買って村の人たちに聞かせた、とか医師会の会合で上京するときは駅のホームに芸者が並んだ、とか派手な話題の持ち主だった。子供に恵まれず夫婦養子をと

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それでも地球は曲がっている

それでも地球は曲がっている

僕は幼稚園年長さんの二郎、六年生の太郎兄ちゃんから、地球は太陽のまわりを輪を描いて回っていると教わった。けど、ちっとも動いている感じがしない。不思議だなぁ。

連休におじいちゃんちに二人で遊びに行ったとき、山手線に乗って驚いた。壁にまあるい輪が描いてあってそこに駅名が書いてある。路線図、というのだそうだ。太陽の周りを回っている地球の軌道そっくりだ。ということは、この電車は地球と同じだ。これなら揺れ

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人生は洗濯の連続

人生は洗濯の連続

僕の妻は洗濯好きだ。毎日下着はもちろんバスタオルや枕カバーまでほおりこみ、洗濯機が廻り出すとそれに合わせて楽しそうにハミングする。いつも同じ曲だから、なんの歌かきいてみたら意外そうな顔をされた。
「アマリリスに決まってるでしょ。ほら洗濯が終ると鳴るあのメロデイよ」
そういえば、脱水が終わってカタンと切れると洗濯機からメロデイが流れる。あれがそうらしい。

ところがその妻が膵臓を病みあっという間に旅

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夜からの手紙

夜からの手紙

夜からの手紙の封をそっと開く
あら眠れないの?の小さな声

ええ、そうなの
何度も寝返りをして
足が絡みそう
心臓の音がドキドキと体に響いて
喧しい

だから
起き上がって
スタンドをつける
壁のピカソの絵が
正面をむいた顔半分で私を見つめる

そっとカーテンを開けてみると
遠くの丘の上のマンションの灯
金の鎖を立てたように
何本も輝いている
夜の出番を待っていたんだね

ふくらんでいたゴムの芽は

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インドを編む山荘

インドを編む山荘

豪雨のなか僕はハンドルをきつく握り前を行く車のブレーキランプを見つめ運転していた。30分ほどで小降りになりほっと外を見ると見知らぬ風景が広がっている。知らぬ間に脇道に入ってしまったらしい。

右に山荘のような建物が見えその前が少し空き地になっている。僕は車を降り、灯りが漏れている窓から覗いてみた。サリーを身に着けた若い女性が機織り機を操り、そのサリーそっくりの色合いの布が織りあがっていく。こんなと

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【ひと夏の人間離れ】

【ひと夏の人間離れ】

証券マンの彼が初めて我が家を訪問したのは6月、これから訪れる本格的な夏の前触れのような蒸し暑い日だった。背が高く痩せた身体に丸顔でちょっとアンバランスな印象、担当になったからと恭しく係長の肩書の名刺を差し出した。株を売るタイミングを教えて欲しいというと「わからないのです」というそっけない返事。内心むっとした私に「それでも出来る限りやってみましょう」と真剣な顔で答えてくれた。

株価はトランポリンに

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鋭利なチクワ

鋭利なチクワ

不思議な現象が起きた。多くのお年寄りの認知症の症状が軽くなったのだ。怒鳴ったり、妄想に取りつかれて「財布を盗られた」などと騒ぎ立てることもなくなった。

明真大学脳神経内科病理学研究室の朝田教授は、認知症の人の脳細胞に変化が起きていることを発見した。不思議な形をした細胞が突然変異であらわれ、それにより認知症が画期的に改善されたのだ。その細胞をワクチン化させて他の認知症患者に注射してみると効果抜群、

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嘘のいろ【きわどいはなし】

嘘のいろ【きわどいはなし】

「やっぱりおしゃれな人は下着もおしゃれなんだ」
おとこの手が細いキャミソールの肩ひもを下げる。黒いレースのカゲロウの羽よりも薄い下着がするりと床に落ちる。おとこに導かれるまま、おんなはベッドに入る。ずっと荒んだままの心は動かない。こんなことをして楽しいとも、いや悲しいとももう感じなくなっていた。

「海が見える部屋がとれたからそこで食事でもしない?」
メールの意味はもちろんわかっていたが、知り合っ

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非情怪談

非情怪談

最寄りの駅は2階で、長いエスカレータ―を上がると改札がある。並行して階段もあるが、やっぱりエスカレーターが便利だ。時間ギリギリのときは早足で登れば電車がつかまる。それに、縦じまのある銀色の肌がしゅるしゅると現れ、パックリ割れて角ができるエスカレーターは、夏の怪談、いや階段にふさわしい。

その日は外回りの仕事で帰りが遅くなり、薄暗い駅に着くと人影もなかった。疲れ切った体でいつも通りエスカレーターに

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見たことがないスポーツ

見たことがないスポーツ

体育教師の桐生は悩んでいた。走るのが苦手の生徒から、運動会の徒競走が残酷だと苦情が来たからだ。確かに毎年ビリを走る生徒にとって運動会は悩みの種、怪我をして休みたいとさえ思うものだ。

そこで桐生は新しい徒競走を考えた。先頭の生徒がゴールする寸前にピストルを鳴らし、走っている生徒は全員ターンする。スタートラインがゴールラインに変わり、ビリだった生徒は一着になる、題してくるりんぱ競走。
意外性もあり最

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海のピ

海のピ

僕は二郎、幼稚園の象組だ。6年生の太郎兄ちゃんがサマースクールに行き、日焼けして帰って来た。海の絵を描くという宿題が出て困っている。
兄ちゃんは絵が苦手なのだ。パソコンでなら描けるのに、と描いたのが下の絵だ。

「うう~ん、絵の具で描いたんじゃないってバレちゃうなぁ、これじゃ」

そういうと絵をほったらかしにして出かけてしまった。僕が見てみると
なんと、絵のなかに「ピ」の文字を発見!海の中にバーコ

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一方通行風呂

一方通行風呂

もうすぐ一年ぶりのデート、織姫は心がときめいていた。
天の川で身を清めようと川のほとりで静かに衣を脱いだ。あたりは深い霧・・そろり歩を進めたところで足をとられ、深みにはまってしまった。
「助けて!」

気がつくと女性が顔を覗き込んでいる。
「ああ、よかった、ワイン飲んだあとお風呂になんか入るからよ。
おねえちゃんよ、わかる?引っ越したから来て、って言うから来てみれば飲みすぎて湯あたりするなんて。全

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天ぷら不眠

天ぷら不眠

徳川家康は悩んでいた。徳川の世が長く続くようにあらゆる手立てをしてきたが、まだ安心できない。老いて弱って来た身体にも不安があった。
近頃ではかつて闘ってきた武将の夢をみてうなされる始末。

そんな様子を見て、側近の酒井忠次はどうしたものかと悩み、あることを思いつくとはたと膝を打った。そうだ、殿の好物を用意して食していただこう!

翌日から家康の膳に大好物の天ぷらが用意された。家康は大喜び、しかし大

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復習Tシャツ

復習Tシャツ

紺地に白い文字でREVIEW(復習)と書かれているシンプルなTシャツを買った。そうよね、なにごとも復習が大事、とそれを着て英会話のレッスンに向かった。

途中の駅で、見たことのある顔を見つけた。中学時代、シャイで内向的な私を「気持ち悪い」「何考えてるかわからない」といいふらし仲間外れにしたKだ。スマホを手に颯爽とホームを歩いていたが、そのスマホがするり、と私の足元に落ちた。

とっさに私はそれをレ

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