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いるかがみんなのフォトギャラリーに投稿したイラストを使っていただいた記事たち。
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#小説

[超短編コメディ小説]かつてメガネと呼ばれた物体へ

こちらに近づいてくると思っていた台風がいつの間にか天に召され、この地球から旅立ち、予想外のさわやかな青空となった日曜日の朝のことだった。 私は、少し早目に出されたこたつの上に置いていたメガネをかけようと手を伸ばした。 だが、そこにあったのはメガネではなく、悲劇と絶望を具現化した、ただの物体であった。 私のメガネはレンズの縁のフレームが折れて千切れ、車に轢かれた小動物が臓物をぶちまけるがごとくに、そばにはフレームからぶちまけられたレンズが転がっていた。 誰だ! こんなことを

77.トラウマ【ショートショート】

「実は、男性にトラウマがあって」  彼女が伏し目がちにそう言うと、その場の皆が押し黙った。  とある商社の食堂。同僚たちの誘いを受けた彼女は、申し訳なさそうに告げる。 「仕事にも支障が出るし、克服しないとって思ってはいるんだけど。  だから今回は、ごめんなさい」 「そっか…。じゃあ、若手芸人なんてガツガツした野郎たちとの合コンなんて無理だよね。面白い奴らなんだけど。  じゃあさ、友達に女性の扱いを心得てる紳士な奴もいるから、必要な時は声掛けてよ。優しい奴から慣らしていこ。じゃ

毎日400字小説「チャンス」

「こうするしかなかったんだ」「でもバレたらどうしよう」そう言っていられたときは幸せだった。不安で震える手をぎゅっと握ってもらえると、怖いことなんか一つも起らないような気がした。彼の体にしがみつき、彼の養分を吸った。充電ガ完了シマシタ。ロボットのような声で言って、笑い合った。わたしは自由だった。彼との間を執拗に勘繰り、嫉妬から家に閉じ込めようとした夫はもういない。彼とわたしで殺したのだ。わたしたちの燃え上がる気持ちは、誰にも止められない。  そんな、火曜サスペンス劇場みたいな盛

毎日400字小説「殺意」

 ずっと、殺してやると思っていた。娘も妻もいなくなり、生きていく意味はどこにもなかった。もともと、望まれなかった命である。直樹は生後二カ月で捨てられた子供だった。  男を殺して、自分も死ぬ。男の車が妻と四歳の娘の命を奪ったときからそう思っていた。酒気帯びは明らかだったのに男に言い渡された罪は軽く、三年で刑務所から出てきた。二十歳の若者だったからだろうか。出所した男が田舎に戻り、親類の経営するリンゴ園で働いていることを突き止めた。SNSで場所を特定することは、難しいことではなか