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#86[8Links]赤とんぼと木漏れ日[小説スケッチ]

ジージー、リーン……。
虫がどうやって鳴くのか、思い出せない。ある7月の午後、まどかLaptopラップトップをバッグにしまう。「ごめんなさい、あとよろしくお願いします。」フライトまで3時間はある。妹のリクエスト、東京バナナの会計を済ませ、足早にゲートへ向かった。

ロビーには多くの帰省客が溢れかえり、あちらこちらから家族連れの楽しそうな談笑が聞こえてくる。コードをかざし、ゲートをくぐる。荷物をしまい込んだあとはシートにからだを預け、夢の中へ埋もれていった……。

都会の雑踏、交差点の一角。百貨店がライトアップされ、多くの通行人がいきかう。鉛筆画風の白黒写真

・・・

あれは、小学2年くらいのはず。今はダムの底に沈んだK市M地区。父の運転で、市街地から1時間も走れば田畑が広がり、その先はいくつもの山を越えてゆく。川がだんだんと狭まり、川原の石ころが、削り取られる前の大岩に変わる。いつもの道、確かあの看板を右に行くとM地区のはず……。

円は内心、この道がこわかった。見慣れた家がいくつか無くなり、静けさと虚無の中に吸い込まれるような感覚が、懐かしいような温かさと、寂しさを運んでくる。やがて、古びた小さな家の前で父は車を停めた。

・・・

みのるちゃん、よく来たね。さあさあ、上がってあがって。知らないおばさんだ。Mのおばさん、まどかの家ではそう呼んでいる。
「まどかちゃん、遠かっただろう。おばさんちのスイカ食べる?」

おばさんは人見知りをする円のことはお見通しで、無理に家の中に入れることはなかった。家の周囲にあるものすべてが珍しい。歩くとカタカタと音のする排水溝、えんどう豆となすの家庭菜園、どれも都会には無いもの。あれほどたくさんの赤とんぼを目にしたのは、後にも先にもこれが最後だろう。

・・・

しばらくして父が出てくると「ちょっといってくるよ」と、まどかを車へと誘う。遊びに飽きた円は車に飛び乗り、本を読み始めた。星の図鑑、旅先では決まって、この小さな図鑑シリーズを持っていくのが習慣だった。

やがて、車がガタガタと揺れ始めると、舗装されていない1本の小径へ入っていった。本を開いていられなくなり、行く手の枝を車がかきわけるのを眺める。小さく景色が開けたところで、父は車を停めた。

イチイの森を見上げると、たくさんの鳥たちがせわしなく羽ばたいている。
「いくぞ」父の声にハッとし、後をついていった。

・・・

古びた墓石に絡んだ草をとり、もってきたお菓子や花を添え、手を合わせてじっとする。「かえるぞ」
円は、菓子と父を交互に見つめると、父は「心配ないよ、カラスが食べてくれるからね」といい、二人は車へと戻っていった。

木漏れ日に透ける太陽、林、鉛筆画風の白黒写真

・・・

みのるちゃんありがとうね。あたしたちはもうあそこには行けないから……」おばさんはそう言って、切ったばかりのスイカを出してくれた。

「今朝、採れたんだよ。そこの川の水で冷やしたからね、うんとおいしいよ。さあ、たべてみてね」

さすがに二度目の訪問に、緊張のほぐれた円は、恐る恐るスイカに口をつけると、これまでの経験がすべて吹き飛んだような感覚になった。都会では食べたことのない新鮮な甘みが、口いっぱいに広がる。

先ほどは気がつかなかったが、おじちゃんもいた。畑仕事で筋骨隆々、白髪の混じった短髪に白い歯をみせて笑うおじちゃん。、いわゆるランニングシャツと、少し汚れたズボン。おじちゃんの笑顔はだれよりも人懐っこい。

父の親戚の家には何軒か訪ねているが、皆父をかわいがる。この人たちの前でだけは、父は円よりも小さな少年だった。普段見ない父の照れ笑いを、どことなくかわいらしいとも思っていた。父の背中に、自分よりも小さな少年を重ねて、その影を追うようにその背中をずっとみつめているのが心地よかった。

・・・

「またおいでね、まどかちゃん」

二人は父と私を見送るため、外に出て来てくれた。
私たちの車が見えなくなるまで、ずっと手を振っている……。

家路につく道の電信柱を数えながら、円は今日の風景を思い出す。ここが「何町どこ」なのか、案内板で道を覚えるのを楽しみにしていた。

だんだんと道路の車線が増え、人家も増えていく。

A市の郊外につく頃には、明かりがともり、街の輪郭が夜を帯びる。

安心して、いつの間にか家まで眠る。いつもの夏……。

第二話へつづく。


写真 / 絵 / 文: 筆者(計3枚)
環境: SONY Xperia, Microsoft Copilot , Excel
音楽: 角松敏生 Never Gonna Miss You (duet with 吉沢梨絵)


※ この作品は、フィクションです(約 1,900字)
※ かきおろし(約 1時間)

それではまた、次の記事でお会いしましょう!

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久藤 あかり | はじめまして!
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