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本の虫12ヶ月 9月
歩きながら本を読む息子を、
「歩きながら本を読んでたら、二宮金次郎になっちゃうよ!」
と叱ってから考えた。二宮金次郎になったら、いけないのかな。
いや、二宮金次郎になったら、金属供出で出征させられるもんな。やっぱり、二宮金次郎になんて、なっちゃいけない。
5歳児が読んでたのは、「最強王図鑑 水中生物バトル」です。まだ字を読めないものでね。
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堀辰雄
*
「それからぼくはしずかに古代の文化に
心をひそめるようになりました。
信濃の国だけありさえすればいいような
気がしていたぼくは、いつしか
まだすこしも知らない大和の国に
切ないほど心を誘われるようになってきました」
*
信濃の国さえありさえすれば。
なんていうパワーワード。
堀辰雄先輩、大好きです。
長野県の広報で使ったらいいんじゃないか、
「信濃の国さえあればそれでよい」
*
司馬遼太郎がいってた、
学徒出陣で呼ばれるまえに、
学生たちが大和路をさまよったこと。
三笠のやま、なんてことばが、
さらりと出てくるようなうたの国。
堀辰雄は感情的かもしれないけれど、
わたしもおなじくらい感傷的。
万葉集を漫然と眺めたり、
斑鳩だの、姨捨だのいった言葉に、
胸をしめつけられるのが、よくわかる。
堀辰雄の推薦図書(ドゥイノの悲歌とか、
ラディゲの舞踏会とか、蜻蛉日記とか)を、
読んでみたら合うのかもしれない。
クレーヴの奥方と、更級日記は好きだから。
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ミヒャエル・エンデ
*
これはわたしの読書ではなく、五才の息子に
読み聞かせていた本なのだけれど、
これでじぶんの本はなかなか進まなかったので。
いれちゃえ。
わたしが読んでもらったのは、六歳か七歳か、
よく覚えていないけれど、本の世界の入口になる
本だった。祖母が、忍者のように本屋に現れて、
さっとお会計を済ませてくれた、ふるいふるい本。
大人になって読むと、理解度が違うなあ。
ああ、これはナチスドイツを暗示してるのかしら、
とおもうようなところが点々とあったり。
わたしがなんどもなんども笑った部分で、
息子は笑いもしなかったり、
ああ、違う人間なんだな、
とおもった。母がしてくれたみたいに
最高にコミカルに読めなかったせいかもしれない。
息子、ちゃんと情景や状況もみな理解して聞く。
わたしはもっとおぼろにしか理解できなかった。
読み聞かせも、このくらいの難易度になってくると、
こちらも楽しめるのよねえ。
「トリケラトプスの冒険」
「ふみきりかんかんかん」じゃなくってね。
次は長靴下のピッピなんか
いいんじゃないかと思ってる。
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夏目漱石
*
漱石をよみかえす倶楽部二冊目。
お兄さんが鋭敏すぎ、考えすぎることによって、
かぎりなく神に、救いに近づいて、
けれどかぎりなく遠いような、
この本は、けっこう好きな漱石。
お兄さんが、もしそのすべてを、
みあしの元に投げだすことができれば
よかったのにね。そう考えてみると、
考えすぎるお兄さんのようなひとより、
お貞さんのような、単純なひとのほうが、
真理に到達しやすいのかもしれない。
だから、うわべだけだと分かっていても、
お兄さんはお貞さんに憧れたのかな。
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岸田恵理
*
信濃美術館の元学芸員さんの美術エッセイ。
まえに本屋さんで片っ端から信州とついた本を
買ってきたときからの積ん読、消化。
けっこう日本の洋画家だとかを網羅しているので、
勉強になる。長野市だから、ちょっと松本は薄め、ね。
カバーがいいなあ、いい装丁で、愉しい。
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ホームスクーリングビジョン
*
ちあにっぽんから送っていただいた本。
日英対訳になっている、ヤングクリスチャン小説。
日本語を読みつつ、ところどころ英語を混ぜて
息子に読み聞かせた。とてもよかった。
神さまについての、
とても自然な会話の糸口になった。
ちあにっぽんの教材は、
とてもよい。りか1をいま、やっている。
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山崎佳代子
*
さんくしょん、サンクション、と彼女は繰り返した。
ジンバブエの歴史について、きいたときに。
sanctionってなあに、ときいてわかった。
ああ、いまロシアが課されているあれ、ね。
制裁、っていうやつ。あの効果がなさそうな。
家にかえって、ユーゴスラビアのこの本を
読みかえす。制裁。
*
なんのサンクションも受けていない日本だけれど、
お米を買えなくて、なんとかやりくりする日々が続く。
きょうはなにを作ろうかしら、タコライスなんかいいわね、あら、でもお米がないわ、と主婦は手足をもがれる。それでもわたしたちは、なんとかやっている。お米がないだけで、ほかの食べ物は冷蔵庫にあふれているし、スーパーは山盛りの秋の果実で彩られていた。じわじわと、物価高はわたしたちを、鍋のなかのカエルみたいに茹でている。主婦はそう感じている。
*
ぴんく色の貧乏、と片山廣子さんが言ったのを思いだす。わたしがあのひとが好きなのは、しなやかに詩人の感性で、苦しい時代を生きたからだわ、とおもう。だから、この本も好き。苦しんでいるひとたちと、共に苦しむことを、みずから選んだ詩人のことば。苦しみには真実味がある、みたいなことを、エミリー・ディキンソンが言っていなかったかしら。夜の霧に、この本に、そういう本をふたたび手元に引き寄せる。
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藤本和子
*
わああ、またこんなすごい本を読んじゃって!
和子さんが、富士日記を読んでいた記述をよんで、
うれしくなる。おなじ本を読んできたことは、
見知らぬひとたちに共通の記憶をつくる。
ああ、なんて幸せなんでしょ。
トニ・ケイド・バンバーラのお母さんの聞書きが、
さいごに載っていたのがうれしかった。
塩食う女たちで、なんども読み返した、ヘレンさん。
ちょっとうちの母に似ているのだよなあ。
エネルギッシュさは、敵わない、というか、
うちのひとたちには、そんなものないけれど。
精神が。物質的なものに囚われない豊かさ、
精神の自由という無形の遺産を、
子どもに残してくれたところが。
うちの母、まだ元気ですけれどね。
だから、この本が好きだったのだ。
わたしが吸っていた空気、でも言葉には
できなくて、外に出ればすぐに押し潰されそうな
わたしたちの変わったところ、と
共通する精神を、本のなかに見出したから。
いまこそ、おおきく息を吸えそうな、そんな感じ。
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ラファイエット夫人
✳
暇なときのお供、クレーヴの奥方(なぜ?)
はじめてシュトルムのみずうみに似てる、
とおもって、たしかにシチュエーションは
似てるなあ、と思った。うつくしい邸宅が
出てきてねえ。クレーヴの奥方も、
エリザベートも、どちらも死んじゃう。
小説が不道徳に陥らないために。
みずうみの邸宅が、好きでたまらない。
農業もしていて、機能的でもあって、
うつくしい湖の畔に立っている。
お屋敷だけれど、享楽的ではない。
あの本にただよっているあの雰囲気、
あれはクレーヴの奥方ともつながっていたのかあ。
シュトルムが影響を受けたのかな、
それとも偶然?
わたしのなかで、繋がってしまった。
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山本茂実
✳
あのあたり、松本の辺り、諏訪の辺りに、
いまでもかすかに漂う歴史の幽霊たち。
松本の片倉工場跡は、いまではイオンになって、
まわりの商業施設を片っ端から潰している。
片倉はとても景気がよくって、その手前の道の名は、
日の出通り、日の出の勢いのように
儲かっていたから、だとか。
✳
波田の松林の辺りを通っていった女工たち。
本にでてくる松本のひとたち。
こういう歴史を拾っていくのがすき。
土地に感じる、言葉にはできないなにかに、
光を照らすこと。理解しようとすること。
✳
すごい本だよねえ。
ほんとにすごい本だよ。
山一争議と岡谷市民の対応なんかは、
水俣病と水俣市民を思いだした。
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スティーヴンソン
*
「わくわくとどきどきがつみかさなって、
とってもいい本です」
by 5歳児
二週間くらいで、読み聞かせおわった。
おもしろかった。
こういう古典、わたしも
読んでないから、
ふたりで夢中になって読んでた。
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アストリッド・リンドグレーン
*
なつかしいなあ、おぼろに覚えていた。
ピッピの抽斗のなかに、宝物がいっばい入ってるのが、
すごくどきどきした記憶がある。
*
感想
「ながぐつしたのピッピは
とてもいい本です。ぼくがよんだなかで、
いちばんいい本だとおもいます。
たからじまもおもしろい本でした。
ながぐつしたのピッピのさいごのところを
かいてみようとおもいます。
えっと、どうだったっけ。
『ピッピは、じぶんのはなをつかむと、
ぎゅっとねじりました』
ピッピの本はいろんなできごとがあって、
たのしいほんだとおもいます。
いちばんおもしろかったのは、
ピッピ、スパイにはいられる、のところです」
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石牟礼道子
*
石牟礼さんは、わたしの読書の到達地点
かもしれしない、とおもう。
何人もの女のひとが、星座みたいにつらなって、
点から点へと進んできた。それは幼いころから
始まっていて、そういえば幸田文さんや、
米原万里さんだとかも、わたしを
形成して、感化してきた星のひとつだった。
星というのは、生きていてはなれないものと、
なぜだかおもっている。
こんなに豊かなことばの世界が、
ゆたかな魂の世界が、目に見えない世界が、
ふれられる世界とまじりあっているような
こんなことばがあったなんて、すごい。
ここにたどりつけただけで、
ただ本だけ読んできた人生もむだではなかった。
西南戦争について書いた、という本を
つぎは探してみようかなあ。