7分小説 『カメさんモード』 #シロクマ文芸部
変わる時に
変わるものは、もしかしたら……
「ほれ! 早行ってこい!」
「うげーめんどくさーい」
朝早く叩き起こされて無理矢理連れてこられた免許センター。
「ここまで連れてきたんだから感謝しろよな! さっさと更新しときゃええものを……」
と兄に舌打ちされる。
免許更新期間が二ヶ月もあったにも関わらず何事にも取りかかるのが遅い私は今日を逃すと免許失効という窮地に立たされていた。
「はいはい。あんがとね。行ってきまーす」
と、兄ご自慢の高級車のドアをバタンと閉めた。
免許センターに入ろうとしたら誰かにじっと見られてる気配がして立ち止まる。
「佐々木ちゃん?」
名前を呼ばれて振り返ると、見覚えのある人懐っこい笑み。
「もしかして武内くん?」
こんなところで高校の同級生に再会するとは。
「そう!覚えてたんや!」
「まあね」
学生時代は老け顔だった武内くんも今は年相応な感じだ。無邪気なえくぼも昔と変わらない。
「佐々木ちゃんも更新?」
「うん」
「じゃ一緒に行こ!」
久しぶりに訪れた免許センターに気後れしていたから、武内くんの誘いに素直に乗っかった。
証紙を発行してもらい長く伸びた列の後ろに並ぶ。
「あれ書かないと」
「え、どれ?」
届いたハガキと今の免許証だけでいいのかと思っていたらそうじゃないらしい。武内くんに指摘され、新たに二枚の書類に必要事項を記入する。
「暗証番号?」
何に使うかさっぱりわからない四桁の番号を書き込む欄に思わずペンが止まる。頭を悩ませていると、武内くんが隣に来て耳打ちしてきた。
「0505にしたら?」
「え、なんで?」
「俺の誕生日」
「そうなんだ。じゃ、それにしよ」
自分の誕生日はセキュリティ的に不安だし。これ以上考えるのめんどくさいし、ありがたく拝借させていただこう。
「これで免許証見る度思い出すかもね」
「何を?」
「いや、別に……」
「あっそ」
改めて並ぶとさっきより列が長くなっていた。
「今から練習しとこ!」
「何の?」
「免許証の写真撮る練習!」
「なんじゃそりゃ」
ものすごいドヤ顔で言われたけど、そこまでする必要性がわからない。
「だって今日の写真がそのまま免許証になるんだよ?これから五年間その顔を使うわけじゃん。そのためには練習あるのみ!」
んな大袈裟な。
「もしや武内くん、今の免許証の写り悪いの?」
そうして思い至ったひとつの結論。
「え、いやあ……」
すぐに目が泳ぐ。嘘がつけないところも昔と一緒だ。
「見せてよ」
「それはちょっと……」
慌てて後ろ手に隠されると余計に見たくなるのが人間の性で。
「見ーせーろー」
「いーやあー!」
必死で抵抗する武内くんの手から免許証を奪い取った。
「……ぷっ」
スーツで気合い十分なのに、髪の毛が鳥の巣みたいになってる、写真の中の武内くん。
そのアンバランスさがおかしくてつい噴き出してしまった。
「人の証明写真見て笑うなー!」
「ごめんごめん!予想以上だったから」
実物の顔立ちはそれほどひどいわけじゃないのに、何がどうなってこんなことになってしまったんだか。
「佐々木ちゃんのも見せて」
「やだ!」
「俺の見たくせに!ずるい!」
「仕方ないなー」
渋々見せてあげることにした。今より少しだけ幼い私を。
「あらかわいい。けど、今より少しふっくら……」
それ以上言われたくなかったので、無言で腹パンをかます。その頃の自分の顔の丸さを気にしていたからムカついたのだ。
「ぐっふぅっ」
「よし、練習を開始しよう!」
私は人差し指と親指で長方形を作り、武内くんの顔をその枠の中に収める。
「はい、撮りますよー! さん、にぃ、いち、カシャッ」
「ん!」
急に振ってもノリノリで対応してくれる武内くんはさすがだ。
「ふはっ」
キラーン♪ という効果音が聞こえてきそうな渾身のキメ顔を披露してくれた。
「どう?どう?」
「ダメ。半目になってる。もっかい!」
架空のカメラだからそんなことあるわけないのに
「え、うそお?」
と真に受ける武内くんが面白くて
「はい、パシャッパシャパシャッ」
つい連写。調子に乗って何枚も撮りまくっていたら、いつのまにやら講習の申し込み受付が開始していたらしく
「あのー早く前進んでくれません?」
「す、すみません!」
後ろに並んでいた人に注意され二人してペコペコする羽目になった。
「私ら変わんないねぇ」
「なにがぁ?」
適性検査を終えて、講習までの待ち時間。隣合ってパイプ椅子に腰かけ、高校時代に思いを馳せる。
「あの頃もよくウィンクごっこしてたじゃん?」
「あぁ」
もはやどういうきっかけで始まったのかも定かじゃないけれど、私が気まぐれにウィンクを飛ばすと武内くんがハートを撃ち抜かれたかのように気絶したり、投げキッスを返してくれたりするという、くだらないらやりとりを繰り返していた。
「だって、佐々木ちゃんがウィンクしてくるから」
「だって、武内くんが面白いリアクションしてくるんだもん」
要するに、二人ともノリノリで楽しんでいたんだろう。きっと今日の写真ごっこだって、その延長線上にある。
「あとさー私、未だに納得いかないんだけど」
「なにぃ?」
「毎年、クラスごとに文集作ってたでしょ? あれの後ろの方に載ってたランキング覚えてる?」
「あーそういうのあったなあ」
「私、そのランキングのボケ部門で武内くん押さえて1位だったんだけど、絶対おかしいよね?」
「いや、うーん……それがクラスの総意だと思うけど」
「ええ?! うっそだー!」
今さら明かされた真実に驚きを隠せない。
クラスのお調子者の武内くんよりボケてるって相当だよ? 私……
「はい、それでは始めまーす」
もっと問い質したかったけれど、講習が始まってしまい仕方なく口をつぐんだ。
それぞれに新しい免許証を手に、講習室を出て並んで廊下を歩く。
「ねえ、練習の成果出てた?」
「ジャッジャーン!」
印籠のようにして見せてくれたそれには
「うわあ!普通すぎておもんないやつ!」
どこにでもいる真面目なサラリーマンのような顔をした武内くんがいた。正直、面白味に欠ける。証明写真に笑いを求める方がどうかしてるんだろうけど。
「っておい! そういう佐々木ちゃんのは?」
「ん」
「……う、べっぴんさんや」
「いつもより三割増しでメイクしてきたかんね!」
「すっぴんでも全然イケそうなのに」
そういうことをサラッと言うから、この人はズルい。
「次は五年後かぁ」
有効期限の日付を見た武内くんがぽつりと漏らす。
「その頃には私も名字変わってたりするのかなぁ」
そのつぶやきに深い意味はなく、申し込みをする前に記入した書類に名前や住所の変更欄があったのをふと思い出したのだった。
「きっと変わってるって」
「どうだか」
五年という月日は長いようであっという間だ。カメよりのろまな私なんかうかうかしているうちに婚期を逃していそうだ。
「俺が変えてあげるから」
「……へ?」
武内くんの唐突な言葉に動きが止まる。
「ぎゃー! キザすぎて恥っず!」
いくら鈍い私でも真っ赤になった顔を両手で隠して騒ぐ武内くんを見たらわかる。
武内か。意外と悪くないかも、なあんてすぐさま想像してしまう自分に少し照れた。
「もしそうなったら毎回一緒に更新に来ようね」
と返事をしたら、武内くんが腰から崩れ落ちた。
立ち上がれ、未来の夫よ。
変わる時に
変わるものはもしかしたら
二人の関係なのかも、ね。
(20160428 改編)
免許の更新に行った時にたまたま職場の人と遭遇して書いたやーつ。意外と甘々加糖で恥ずかしいやーつ🙈田舎だと免許センターに行かないと当日発行してもらえないんですよね……
んで、まあこの時からさらに更新したものの名字は変わらんかったとです😇その時はまだ自転車で警察署に行けたのだけれど、道がわからないので自転車の前カゴにスマホ入れて信号待ちで確認しようとしたら、スルリと落とし、画面はバキバキ、帰りに右足をゴリッと挫くと散々な目にあった記憶しかないでやんす😇<ええ大人やのにガチで泣いたわ…)
帰りに、整形外科か? 携帯ショップか?
と悩まなくもなかったけれど、折れたかと思うくらい足首腫れてもスマホバキバキ生活の方が嫌で即交換、三ヶ月は右足痛んで引きずりながら歩いてたけれど、どうやら大丈夫だったみたいっス👮<たまたま湿布も杖も揃ってたんでね!)