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五分小説 『大丈夫、ひとりじゃない』 #仕事について話そう


千早ちはや、ちょっといいか?」

自分がプレゼンする会議が無事に終わって、ほっと一息つこうとしたら直属の上司に呼ばれた。

「今回のプレゼン資料って、いつ頃に出来上がってたの?」
「一週間くらい前ですかね」
「ふーん」

私の返答に課長は眉間の皺をさらに深める。
もしかして、さっきの会議で何かやらかしていた?

「なら、なんでもっと早く俺に見せてくれなかったわけ?」
「……え?」
「もし見当違いな資料を作ってたらどうするつもりだった? 俺だって会議で初めて見せられたんじゃ、千早が上層部からつつかれてもフォローできないだろ?」
「そう、ですよね……」

指摘されて初めて気づく自分の至らなさ。

会議の資料は学校の課題じゃない。
当日に渡してそれでOKじゃないのだ。

事前に上司に見てもらってちゃんと打ち合わせしとくべきなのに、どうして私はそのことに思い至らなかったんだろう?

「よく一人でここまで仕上げてきたとは思ってるよ」

課長は決して頭ごなしに叱ったりはしない。
それどころか私が自分でも気づけるように、ゆっくりと噛み砕いて話してくれた。でも、最後に告げられた一言が地味に堪えた。



 上司に詫びてから自分のデスクに戻ろうとしたが、どうにも仕事を再開する気になれない。

あーもう! こんなんじゃだめだ!
頭冷やしてこよう。

両手で自分の頬をパチンと叩いてから、廊下へ引き返した。


こんなときに限って自販機のアイスコーヒーは売り切れだ。

仕方なくホットのボタンを押す。
ゴトンと音を立てて落ちた缶を取り出すと、そのまま自販機横のベンチに腰かけた。


一口飲もうとしたちょうどそのとき

「お、千早ちゃん?」

と親しげに名前を呼ばれ、缶を持っていた手がびくりと震え

「あっつ!」

溢れたコーヒーが顔にかかる。

「ご、ごめん! 急に話しかけられてびっくりしたよな?」

熱いコーヒーに触れた上唇がヒリヒリと痛む。たいしたことじゃないのに、その瞬間にさっきまで必死で抑え込んでいたものが溢れだした。

「大丈夫? ってどうしたの?!」

突然、ボロボロと大粒の涙を流し始めた私を見て清掃員の角川さんはおろおろする。

「そ、そんな嫌だった? 俺に話しかけられるの……」
「や、ちがう、んです」
「と、とりあえず落ち着こうか」
「すみません……」

角川さんは手に持っていたゴミ袋を床に置き、おずおずと私の隣に腰を下ろした。

一頻り泣いて落ち着いてから、ゆっくりと口を開く。

「何かあった?」

三角頭巾を被った角川さんが心配そうに私の顔を覗き込む。

「俺で良かったら話聞くよ」
「ありがとう、ございます」

ずっと握ったままだったコーヒーの缶はいつしかぬるくなっていた。

「さっき叱られたんです上司に。でも、本当にその通りだったから叱られたことが嫌だったっていうより……」

そこで一旦私は息を吸う。そのまま言葉を続けようとすると声が震えそうだった。

「なんでそんな簡単なことに気がつかなかったんだろうって。自分が悔しくて」
「……うん」
「全然泣くほどのことじゃないんです。けど最後に言われた言葉が結構ガツンときちゃって……」
「何言われたの? あ、いや、言いたくなかったら言わなくてもいいから」

無理に聞き出そうとはしない角川さんは本当に優しい人だと思う。

「“千早って自己完結なとこあるよな”って。図星だったから、何も言えなくて。気持ちを切り替えようと思ってたのに、コーヒー溢したら、また悲しくなっちゃって……

「すみません。急に泣き出してこんな話まで聞いてもらっちゃって」
「いやいや、気にしないでいいよ。俺が聞きたくて聞いてるだけだから」

と私の目を見て言ってから角川さんはそっと視線を落とした。

「それに俺もなんとなくわかるから」
「……へ?」
「俺もさ、なんでこんなこともできないんだろ? って思ったことが何度もあって」
「そう、なんですか?」
「うん。だから、こんな仕事してるわけ」
「こんな仕事だなんて……角川さんはすごいがんばってると思いますよ」

上から目線に聞こえたかもしれない、と少し不安になる。

でも、実際に角川さんは立派な清掃員として社内でも評判だ。いつも誰に対してもニコニコと挨拶してくれ、隅々まで綺麗にしてくれている。

トイレが詰まったとなればすぐに駆けつけてくれるし、切れかかった電球を見つけてはすぐに交換してくれる。

みんなが気持ちよく仕事できるのも角川さんみたいな影の功労者がいるからなのに。

「ありがとう。そう言ってもらえて俺もうれしいよ」
「全部、本当のことですよ」
「でも、本当は普通の職場勤めに向いてなかっただけなんだよね」
「……え?」
「というよりチームプレイに向いてなかったんかな。いつも一人テンパってミスして周り巻き込んで。そんな自分に落ち込んで……だから前の会社でクビ切られたときには、正直ほっとした。これでもうみんなに迷惑かけずに済むって」

そう言って、穏やかに笑う角川さんにそんな過去があっただなんて、にわかには信じがたい。

「けど実際に一人で仕事するようになったらそれはそれで大変ってわかったよ。失敗したら全部自己責任だからね」

ここの社長さんにも何度か叱られたし、と角川さんはぺろりと舌を出す。

「千早ちゃんには今もちゃんと仕事仲間いるんだからさ。一人で気負わないでもっと周りに頼ったらいいと思うよ」
「……はい」
「その上司もたぶん頼られなかったことが寂しかったんじゃないかな?」


そういうものなんだろうか?
そういうものなのかもしれない。


心の中で一人納得する私の傍らで角川さんは思い出したように立ち上がる。

「おっと、こんなところで呑気に油売ってたら、また掃除が行き届いてないって社長さんに怒られる!」

ゴミ袋を掴み、掃除道具の入ったカートを動かし立ち去ろうとするから、慌ててその背に今伝えたい思いをぶつける。


「あの!」
「ん?」
「何かあったら私にも頼って下さいね。角川さんも、この会社の一員なんですから!」

呼び止められて振り返った角川さんは本当にうれしそうにえくぼを見せて笑った。


角川さんを見送ると、私は完全に冷えきったコーヒーを一気に飲み干す。


自分の部署に戻ると、一目散に上司のデスクに向かった。

「課長!」
「ん、何?」
「先ほどは貴重なご指摘ありがとうございました!私、これからも課長を頼るかもしれませんが、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」
「ふはっ、改まって何を言うかと思いきや。これからはもっとビシバシ指導してくから覚悟しとけ」
「はい!」

このとき初めて上司との距離が縮まった気がした。

(20160504)



 デスクワークはしたことないけれど、ちゃんと学校に通えていた機会もほとんどなく、ほほ片親状態で気軽には相談できない環境で何事も基本的に独学(今持ってる資格も全部通信教育)、バイトも最初に一通り教わったら一人で任されていたので困ったときに誰かに聞く、助けを求めるという感覚が私の中に元々ないんですよね……

 幼い頃からよく「一を聞いて十を知る」と言われてきたこともあり「わからないことを質問したら馬鹿だと思われる?」という強迫観念が勝り失敗を極度に恐れたり、バイトでも集団活動の中でも、すぐにリーダーを任され、新人期間中に新人教育を任されたりすることも多々あって……私は、自分がそこまで器用ではないと自覚(生き方も不器用だけども私はものさしで真っ直ぐ線を引くのも、画用紙を真っ直ぐ切るのも下手くそレベル😭)しているからこそ周りの人のいいところを見つけて、それを自分の形に取り入れていくことが多いんですよね。(でもこれはあくまでも私なりの方法なので同僚や後輩に無理強いはせず個々に合わせていいところを伸ばしていけたらいいなとも思っているよ~☺️)

 社会人として報連相が大事なのは重々承知しているけれど、上司によっては「プライドが高い」と評されたり、「自己完結してる」と言われたりしてきたからこそ、弱みを隠して強がらないと生きていけない人が救われたらいいのにな~と思って書いた作品です。


 そして、たまたま部屋の整理をしていたらヘッダーのノートが見つかり……この作品を書いた頃の私は図書館で借りた本から大事な部分をピックアップしてまとめ(薄給なので本を買うお金すらなかった😱)、転職した先の職場で行き詰まった時に、これを実家で見つけて戻り、自分なりに必死で頑張っていたことを改めて思い出しました。

なりたくてなった仕事だから
自己研鑽は苦じゃなかったよ!
身体が追いつかなかったけど
今の身体でも頑張れるなら頑張りたい


 そんな今のイメージソングはこちら🙋

(メンバーが若干違うけれど、ライブの衣装も込みでかっこいいの極み👏佳林ちゃんから始まり、同じ歌詞を瑠々ちゃんが歌うのが、鳥肌が立つほど魅力的🍎✨)


今週も後一日!

お仕事の方はぼちぼちにお休みの方はゆっくりお過ごし下さいな🤗💕


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