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7分小説 『毛糸ころころ心色』


 朝起きたら枕元に一本の糸が落ちていた。
それも赤い毛糸。

なんじゃこれ? 私まだ夢見てんのかな。

無視して二度寝しようかとも思ったけれど、その糸がベッドの下に垂れて部屋のドアの隙間からまだ先へと伸びているようだったからどこまで続いてるのか少し興味が湧いた。


暇だし追いかけてみるか!

私は部屋着のスウェットにガウンを羽織り、自分の手にぐるぐると巻き付けながら、糸の先を辿ることにした。

自分の部屋を出て廊下へと進み、階段の下にもなお続いている。

一体どこまで行くんだこの糸は……

曲がりくねった階段を下りると、糸は向かって左にある玄関の方へ伸びている。ちなみに右に行くとリビングだ。

 さすがにこのままの格好で外に出るわけにもいかないし、もしかしたら自分だけにしか見えない運命の赤い糸なんじゃないかという淡い期待も捨てきれず、私はリビングにいるであろうおかんに意見を求めることにした。

しかし、リビングに入ると、そこはもぬけの殻。隣接するダイニングのテーブルの上に書き置きがあった。

“買い物行ってくる”

そうだ。今日はワイワイスーパーのポイント5倍デーだ。

と思い出した私は、ここで腹ごしらえをすることにした。



 どうしよっかな。

一旦休憩を挟むと途端に赤い糸を追いかけるのがめんどくさくなった。

そもそも私はそれほど運命というものを信じていない。時の流れに身を任せているうちに大抵のことはなるようになっているものだ。

つまり、こっちからわざわざ赤い糸の先を辿らなくとも、向こうから私のところへ会いに来てくれる気がする。知らんけど。


 よし、二階でゲームしよ!

というわけで私は赤い糸を追いかけるのを早々に諦めた。だって寒いし!外出たくないし!

優実ゆみ! こんなとこに毛糸出しっぱなしにして! ちゃんと片付けしなさい!」

ぷにぷにしたものをひたすら消すゲームに夢中になっていたら、一階からおかんが叫ぶ声がした。

「私が出したんじゃないのにー!」

重い腰を上げて、階段を半分くらい下りてからおかんに抗議する。だってこれじゃ、完全なる冤罪だ。

「……こんなところ置きっぱなしにすんの、あんたくらいでしょ?」

一瞬おかんが言い淀んだのが気にならないでもなかったが、私は仕方なく糸の回収を再開することにした。こうなったからには犯人を取っ捕まえてやる!


 玄関を出て、猫の額ほどの庭を通って門扉を抜けた辺りで自分が今どこに向かっているのか徐々に気づき始める。

赤い糸を手繰って辿り着いたのは我が家のお隣さんち。考えてみれば、こんな悪戯をするやつなんてあいつしかいない。

かのアイドルが、ステージにマイクを置いて退場したのを見倣い、私も巻き取った毛糸をそっと犯人の玄関先に置く。

すると、それを見ていたかのようなタイミングでドアが開いた。

「……あれ? 何か音すると思たら、優実じゃん。どうした?」

なんていかにも今気づいたみたいな白々しいリアクションをするのは幼馴染み。

絶対私が来るのを今か今かと待ち構えていたくせに!


「……愛都まなと、キモい」
「ええっ?! 一言目がそれ?!」
「だって枕元に糸の先端があったってことは私が寝てる時に勝手に侵入したってことでしょ? キモいし、なんか怖い……」
「ち、ちがうってば!それは誤解!優実のお母さんにちゃんと頼んで……」
「やっぱ愛都の仕業なんじゃん」
「……あは?」

私の指摘に、愛都はへらへらと笑う。質の悪い男だ。おかんまで味方につけるとは。

「なんでこんなめんどくさいことすんの?」

赤い糸だからと、一瞬でも夢を見た自分が恥ずかしいではないか。

「それは……ちょっと待ってて!」

そう言い残して、バタバタと忙しなく室内に消えていく。

外で突っ立ってるのも寒いから勝手に中に入れば、三和土の隅に毛糸玉が転がっていた。

自分が辿ってきた糸をそこに巻き足すと、まるまるとした林檎みたいになった。


「おまたせ!」

愛都の声に、咄嗟に私は毛糸玉を後ろ手に隠した。

「はい、これプレゼント!」

にこにこと穏やかな笑みを浮かべて小さな紙袋を差し出す。

「え、なに? なんのプレゼント?」

戸惑いながらも受け取ると

「もしかして優実、今日がバレンタインってこと忘れてる?」

と返された。

あ、そっか。ここ数年は、バレンタインのチョコもよっぽど近しい相手じゃない限り渡す習慣も減り、今月から自宅学習になっていたから、すっかり忘れていた。


「でもバレンタインって、女の子が好きな男の子に告白する日じゃないの?」
「全く優実は遅れとるなあ。だいぶ前から逆チョコも流行ってるし、海外では男女関係なく好きな人やお世話になった人に贈るのが主流になってんだよ」
「ふーん」
「リアクションうっす!」
「で、どっちなの?」
「……え?」
「愛都にとって私は好きな人?お世話になった人?」

私の追求に一瞬にして顔を紅く染める。

「そ、そんなん決まってるやん!」

す、好きな人の方!

吃りながらも伝えてくれたその答えに、胸の奥がじわじわと温かくなる。

だけど、素直じゃない私はそれを悟られないように、わざと気のない返事をする。

「……あっそ」
「え、それだけ?もっとこう『ありがとう。私も好き!』とかないわけ?!」
「……ないよ」

今はね

「えーなんそれ!もうー!」

と一人で騒ぐ愛都にバレないよう私は紙袋の中にこっそり毛糸玉を落とす。

帰ったらこの赤い糸でマフラーを編もう。

そしてホワイトデーになったら、愛都の首にかけてやるのだ。

「せいぜいお返しに期待しとけば?」
「……うーわかった…」

そのときにはちゃんと言ってあげるよ。
私も好きだよって。

(20160210)

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