名前のない関係
2024年10月19日(土)朝の6:00になりました。
短いがゆえに凝縮された1週間を、無事に半目で乗り切りました。
どうも、高倉大希です。
だいたいのものには、すでに名前がついています。
だからいつだって、名前が先行しがちです。
目の前で起こるものごとは、どの名前に当てはまるのだろう。
そんな問いが、思考の出発点になるわけです。
こうして、名前のない貴重な関係があっという間に失われます。
名前をつける過程が、名前に当てはめる過程へとすり替わってしまうのです。
友だちなのか、恋人なのか、先輩と後輩なのか、上司と部下なのか。
わたしたちはすぐに、人と人との関係に名前をつけようとしがちです。
ここにいるのは、あなたとわたし。
本当は、とてもシンプルな関係です。
無理に、何かしらの名前に当てはめる必要はありません。
あなたとわたしの関係を、深めていけばよいだけです。
遊びなのか、デートなのか、会食なのか、打ち合わせなのか。
わたしたちはすぐに、人と人とが過ごす時間に名前をつけようとしがちです。
ここにいるのは、あなたとわたし。
本当は、とてもシンプルな時間です。
無理に、何かしらの名前に当てはめる必要はありません。
あなたとわたしの時間を、濃くしていけばよいだけです。
それでも名前がほしくなるのは、社会を生きているからです。
言わば、第三者に説明する必要性が生じるわけです。
あの人とわたしはこういう関係なのだと、説明しなければなりません。
あの人とわたしはこういう時間を過ごしたのだと、説明しなければなりません。
だからこそ、急いで名前をつけなければならなくなります。
こうして、名前のない貴重な関係があっという間に失われます。
社会で生きていく限り、どこかでは必ず名前が求められます。
だからこそ、名前がついていない期限つきの関係を大切にしたいなと思います。
すでにある名前に、無理に当てはめようとするのではなく。
ふたりで名前を、決めていけたらいいのになと思うのです。
ここにいるのは、あなたとわたし。
これが、案外難しい。
サポートしたあなたには幸せが訪れます。