底が知れない人
2024年10月27日(日)朝の6:00になりました。
予想どおりに二日酔い、なるべくして二日酔い。
どうも、高倉大希です。
あなたと、会いたい。
ただそれだけなはずなのに、ごはんでも食べに行こうよと誘います。
ふらりと、外を歩きたい。
ただそれだけなはずなのに、健康のためのウォーキングだと言い張ります。
わたしたちは、理由を欲しがる生きものです。
理由がなければ、動くことができません。
だから、理由を問いかけます。
「なんでそう思ったの?」
はじめは、純粋に理由が知りたいから問いかけているつもりでいました。
ただ最近になって、理由なんてどうでもいいよなと思うようになりました。
べつに、理由そのものが知りたいわけではありません。
その人がどんな理由を選ぶのかが、知りたいのだろうなと思います。
この人は一体、どこまで考えているんだろう?
ときどきそんな、底が知れない人に出会います。
掘り下げても、掘り下げても、まったく底が見えません。
これが大人の余裕ってやつかと、思わず感心させられます。
大人ならまだしも、同世代でもときどきそんな人がいます。
何を食ったらそうなるんだと、びっくりさせられてばかりです。
底が知れない人から出てくる理由は、なんだかいつも流動的です。
あらかじめ用意していた理由を、ポケットから出してくるわけではありません。
理由を選んでいるのではなく、選び方そのものを選んでいるようなイメージです。
その場の文脈に合わせて、選び方を変えてきます。
そして、わからないものに出会ったら堂々と「わからない」と宣言します。
「わからない」の先が、底が知れない人の真骨頂です。
サポートしたあなたには幸せが訪れます。