文章と年齢
2024年10月13日(日)朝の6:00になりました。
5連休3日目、会いたい人に会いに行く旅スタートです。
どうも、高倉大希です。
この文章は、若すぎる。
そう思って、書きかけていた文章を消すことがよくあります。
妙な熱が、残っていたり。
真面目すぎて、つまらなかったり。
あまりにも尻が青くて、嫌になってしまいます。
そんなときは遠慮なく、全選択して消去します。
歳相応の文章というものが、あるような気がするのです。
ここで言う歳とは、必ずしも実年齢を指すわけではありません。
ポエムのような文章を、書きたくなる歳があったり。
自分だけがわかっているかのような文章を、書きたくなる歳があったり。
書くという行為に対する歳を、どれだけ重ねてきたかです。
ある程度は実年齢とも一致するはずですが、必ずしもぴったりだとは限りません。
書けば書くほど、露呈します。
よいところもわるいところも、すべてがバレてしまいます。
何にこだわりをもっているのか、とか。
何に憧れを抱いているのか、とか。
いくつかの文章を読めば、おおよその歳がわかります。
内容から読み取るということではなく、書きぶりに歳がにじみ出るという話です。
若すぎると思って、消すことがある。
冒頭ではこのように述べましたが、べつに若いことがわるいわけではありません。
誰しもが、若さから出発します。
大切なのは、修正をくり返してしっかりと歳を重ねることです。
大人になったら、子ども服は着れません。
油ものがキツくなり、おいしいと感じるものも少しずつ変わっていきます。
サポートしたあなたには幸せが訪れます。