『ハウルの動く城』原作―荒地の魔女の呪い
※いかなる場合も文章の無断転載・剽窃を固く禁じます(プロバイダー開示手続きをとります)。引用元を明らかにした上でのさらなる考察等は大丈夫です。大した文章でもないのにコピペする人が多いので…
金曜ローでハウルやるのか~じゃあ愛読書『魔法使いハウルと火の悪魔』Howl's Moving Castle(1986)再読しよう ღ と思ったついでに書きました。原作者ダイアナ・ウィン・ジョーンズ(最近映画化された『アーヤと魔女』の作者でもあります)は既に鬼籍ですが、ファンタジーの女王として今でも多くのファンに愛されています。
ニール・ゲイマン(グッド・オーメンズ/アメコミ)もときどきジョーンズのことを言及してるのが嬉しい。ダーク・ファンタジー仲間
↑邦訳では『わたしが幽霊だった頃』として出版されてました
原作と映画は全然違うので、映画の内容を期待して読む戸惑ってしまうかもしれませんが、活き活きとしたファンタジー物語としてとても魅力的な『魔法使いハウルと火の悪魔』を軽~く紹介します。……いや、微妙にネタバレしてるので(ハウルの本名とか)呪いのところだけ見たい方は目次から飛ばしてどうぞ。
ジョーンズ作品を全部文庫化してください、徳間文庫様
おとぎ話のステレオタイプを覆す
最近ディズニー映画なんかでもおとぎ話の伝統を覆す「眠ってまってるだけなんて真っ平!王子さまはひっこんでて」的な戦うお姫さまが主流になりつつあり、もはや戦うお姫さまが一つのステレオタイプになってきている感が否めませんが……ハウルにもヒーローを救うヒロインが登場します。原作のソフィーは、おとぎ話に登場する魔法の靴やが当たり前に存在魔法の国インガリーに住む三姉妹の長女。彼女は「いつでも冒険で成功するのは末っ子」という常識に縛られ、粛々と家業である帽子店を継ごうとしています。
Illustration (C) 1997 Miho Satake
「ハウルの動く城1 魔法使いハウルと火の悪魔」より
ソフィーの髪は赤がね色。グリーンの瞳。不美人と自称していますが、それは「妹と比べて」というだけで実は超美人(ハウルがナンパするくらい)というズルい設定。気の強い女の子って良いですよね。物語は終始ソフィーの一人称語り(=信頼できない語り手)なので、彼女の偏見や視野の狭窄さに読者も振り回されていきます。昔ソフィーの容姿を知りたくて必死で他のキャラクターの台詞を拾い読みした思い出……。勘違いが加速し物語が面白くなっていくというのは、ジェイン・オースティンの時代からある物語の定型ですね。ソフィーはハウルの呪いをどうこうするというよりもむしろ、「長女だからうまくいかないんだ!」という呪いを克服しなけらればならないのです。
「私馬鹿だから」と勉強しなかったり、「人見知りなんです」と相手に会話を丸投げしたり、「どうせ才能ないから」と努力を怠ったり。誰しも少なからず身に覚えのあるような“ 呪い ”の破り方を、この覆ったおとぎ話は教えてくれます。
ダメンズなハウル
ハウルの本名はハウエル・ジェンキンス。英国ウェールズ出身、27歳(ソフィーと出会った翌年の夏至祭りが彼が生まれた一万日目)。無駄遣いが酷すぎて弟子のマイケル・フィッシャーがこっそり財産管理をしているほど。バイロン的自惚れ屋、都合の悪い質問からはソフィー曰く「ウナギのようにぬるぬると」逃げる男。映画では颯爽とソフィーをナンパから救いましたが、原作では全くの逆でソフィーに声をかけたのはハウルなんだよなあ。ソフィーがお婆ちゃんになってからもわざわざ目の前で女性を口説いたりして常に彼女の気の障ることばかりして……ん、わざと気を引いてる?
恐ろしい魔法使いが実は臆病者だったり、おどろおどろしい城が虚仮威しだったり、直接自分の目でたしかめなければ本当の姿なんてわからない。本当のハウルは誰なのか……なかなか本心を明かさないソフィーにも読者はハラハラさせられます。
改めて原作読んだあとに映画を観ると混乱するくらい原作のハウルは色々とあかん奴なのですが、ラストシーン……ラストシーンのハウルの言葉がめちゃくちゃ良いのでぜひぜひ読んでください。
アダプテーションではよく起こることですけど、ハウル原作が好きな人のなかにはアンチ映画派のという人もいますね。わたしはあの映画は「超自己中なハウルが自分なりにソフィーとの馴れ初めを美談にしたらこうなった」みたいな気持ちで観たら面白いかなと思ってます。原作と映画はべつものべつもの。仕方ない
荒れ地の魔女の呪いは実在する
映画では「おまえの心臓は私のものだ…」とか書いてあるお手紙(脅迫)として登場します。朝食のシーンでテーブルを焦がすついでにハウルの手のひらを焼いていたっけ。
原作ではこの呪いは英国詩人のジョン・ダンの“ いけ、流れ星を捕まえろ ”の引用として登場します。ハウルの故郷ウェールズからソフィーたちの住む魔法世界へと紛れこんできた詩の書かれた紙片が、物語の伏線かつ呪いとして機能していくのです。
ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーの面白いところは、仮想世界とわたしたちの住む現実世界が重なりあいどこかで交じり合うという点。この作品においてその交差点は「(城の)扉」「ハウル」「詩」といったところでしょうか。異世界トリップしてるのはハウルですが物語の主人公はソフィーなので、彼女がわたしたちの世界を見るときそこに「非常識からの視線」が現れます。ソフィーは英国なんて知らないし、テレビや自動車なんかも知らない。そんなおとぎ話の人物がいまもどこかで“ こちらの ”世界を訪れているのかも……と想像するのはわくわくします。
せっかくなので大学1年生の頃フォロワーさんと盛り上がった勢いで書いた拙訳を供養しときます。
原文
John Donne
SONG (Go and catch a falling star)
拙訳
行け、流れ星をつかまえろ
マンドレイクの根をはらませよ
すべての過去の歳月はどこに在るのか
若しくは誰が悪魔の足を引き裂いたのか教えてほしい
人魚の歌を聴くすべを
若しくは刺すような嫉妬を遠ざけるすべを教えてくれ
そして知るがいい
どんな風が
誠実な心を祐くのか
きみが生まれつき
見えないはずのものを視るたちなら
万の日夜に股をかけるがいい
歳月が髪を雪白に変えるまで
戻ったあかつきには、教えてくれ
きみに降りかかった不可思議すべてを
そして誓うがいい
どこにも
真心ある美しい女などいなかったと
もしそんなひとがいたなら教えてくれ
そんな巡礼は甘美だろう
いや、でも結構だ どうせ行きやしない
たとえわれわれが隣同士だったとして
たとえきみが出会った当初は
君が便りを書いたときまでは誠実だったとしても
彼女はきっと
おれが行くころには
もうニ、三人を裏切った後だろうから
原作のモチーフとして出てくるところを太字にしました。ジョン・ダンは女性になにかトラウマでもあったのだろうか……
“人魚”や“マンドレイク”といったモチーフもイギリスのファンタジーならでは。
“嫉妬の刺”という表現は、ハウルがソフィーたちの世界へ来る前元いたウェールズで周囲の人に嫉妬されてて孤独だった、というエピソード(本人談)に反映されています。
実はこれより前の10章でもジョン・ダンは登場します。掃除掃除掃除なソフィーをハウルが哀れっぽく形容した言葉、「忙しい年老いた愚か者、手に負えないソフィー」はThe Sun Risingという詩の第一連目、“ BUSY old fool, unruly Sun”をもじったもの。ここで既にハウルがおとぎ話の世界の出身でないことがわかります。他にも第12章でソフィーに向かって"We can't all be Mad Hatters."「僕たちみんながマッドハッターになれるわけないだろ」と言うし、第17章では「ああ、かわいそうなヨリック!」とハムレットの一節を叫ぶし、ハウルわりと真面目に文学作品知ってるじゃん……とにやついてしまう。
流れ星~はみんな大好きニール・ゲイマン の『スターダスト』にも登場する詩だから、けっこう現代英国作家に人気なんですね。ジョン・ダン…
ハウルシリーズ続編
主人公としては登場しませんがハウルとソフィーの“その後”を読める続編もおすすめです。
第二作目は千夜一夜物語風の魔法譚、1990年に出版されたCastle in the Air
若き絨毯商人アブダラは、ある日、本物の空飛ぶ絨毯を手に入れ、一夜の旅に降り立った庭で、謎の姫君<夜咲花>と恋に落ちた。だが二人が駆け落ちしようとした矢先、姫は巨大な魔神にさらわれてしまう。偶然手に入れた魔法の絨毯が青年にもたらすのは、残酷な処刑か、千夜をも越える激しい恋か、あるいは…?
異国情緒漂うハウルの動く城シリーズ続編。
この作品もお伽話の紋切り型を逆手にとっていて面白いのでおすすめです。 第一作目の主人公たちを客観的に描いているのがまた見所。
さらにその姉妹編は2008年に出版されたHouse of Many Ways
まざまな場所に通じるドアを持つ魔法使いのおじの家。留守番をたのまれた本の虫である少女チャーメインは、好奇心から魔法の本をのぞいたせいで、危険な魔物と遭遇してしまう。危うく難を逃れたけれど、魔法がらみのごたごたは、全然おさまらない。やがてチャーメインは、遠国の魔女ソフィーと出会い…?
あと、カルシファーが言うような謎解きが好きな読書好きの人には現代の英国で女の子が呪いからヒーローを救う物語『九年目の魔法』もおすすめです。
ダイアナ・ウィン・ジョーンズファンの人Twitterでかたりましょう~(´`)
https://twitter.com/fire_n_hemlock
これ以上語るとネタバレしたくなるので、短いですがこのへんで。お粗末様でしたノシ