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山の刻印


喨々(りょうりょう)たる大気の調べに
鰯雲がさざ波を立てる
野鳥の群が鋭角に

大空は誰のものか

プロペラの高速回転と爆音は
天の水面(みなも)の陰翳を
容赦なく鉤(かぎ)裂き、破り散らす
野鳥は飛び立ち、逃れ、溺死する
そして、山はただの地形と化す

山は誰のものか

太平洋戦争末期
東三河の地にも空襲警報のサイレンが鳴り響き
夜となく昼となく人々を不安の峡谷へと陥れた
B29の爆音と焼夷弾に燃える夜の戦慄

米軍の本土上陸を迎え撃つために
怒(いかり)部隊(第73師団)が渥美の野山に陣地を構えた
大地を掻きむしり、
砦を、トーチカを、観測所を築き、
防空壕を掘削した

敗戦から幾十年経っても
山腹の抉(えぐ)られた口は虚しくあいたまま、
風雨に晒されてきた
敵を狙うトーチカは鋭い眼(まなこ)を失い、
蔦や苔に覆われている
滑稽な遺物たち
だが、
これらの死骸に息を吹き込みたがっているものたちがいる

空は誰のものか
山は誰のものか

しだいに仮面を外し、衣装を脱ぎ捨ててゆく迷彩服
歴史の事実を黒く塗り潰し、すっかり灰にしてしまおうと企(たくら)み、
人殺しのための最新メカで空と山を占拠し、
人も大地も自然もことごとく武装化せんと狙っている

山は見てきたのだ
人の愚かな過去の一部始終を
その体を傷つけられながらも
すべてを抱え込み
我らに未来を知らしめようとする

その干からびた傷口を深く深くこじ開けよ
そして、大蛇のごとき煮えたぎる血流を
我らの体に注ぎ込め




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