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幸せはあなたと「ハッピーマニア」について語り合うこと(後ハッピーマニア 1巻)

※ネタバレがあります。
※この記事にはイントロがありますが、読んでも読まなくても大丈夫です。

それでは、ほんの少しだけ時計の針を戻してみましょう。
つい先日、私はお客様に勧められて古内東子を聴いていました。

そして彼女の「サヨナラアイシテタヒト」(名曲)を聴き
「(別れた人、愛してた人の)すべてを忘れない~って言ってるけど、熟女は昔の男のことは忘れるよ…」
と思いました。
もう少し精確に言えば
「もちろん覚えてはいるんだけど(バカじゃないから)普段は全然思い出さないし、だから健康なのよ?」
くらいのひとが多いんじゃないかなあ(ありまさ、カウンター調べ)。
別れる時に
「本当に好きだった、愛してた、だからあなたのすべてを忘れないわ(きっぱり!)」
と思うのも、それはその時の真実なのだけれど…。

中島みゆきも「御機嫌如何」という曲の中で書いています(これも別れた男に宛てた歌)。
「嘆いて 血を吐いて 喉でそれでも水を飲む」
そう、愛する人と別れる事は身を切るように辛いけれど、でも、生きていくためには食べて飲んでしないといけないし、まして現代女性は独身だろうとパートナーがいようと、子どもがいたら猶更、タスクが山盛り。
昔(の男)のことは自然とおぼろに、前世の風景のように感じつつ、慌ただしい日々の生活を送ることになりがちです。そんな時代もあったねと…。

「後ハッピーマニア」の主人公・重田加代子(しげたかよこ。通称シゲカヨ)もそう。
今や45歳。たまにバイトやパートに出るくらいの比較的呑気な子無しの専業主婦ですが、巻頭の
「ハッピー・マニア 重田加代子 暴走機関車の日々、おさらい」
によると過去にはいろいろな人に恋したり、付き合ったり、別れたり、既婚者と不倫したり、女子から告られたり、セフレにされたり…
なんだかよく分からないけど、とても忙しかったことだけは分かります。
彼女は恋愛を通してハッピーを、震えるほどの幸福を掴みたいと願っていた…現代の若い方はピンと来ないかもしれませんが、昔は、そう時計の針を数十年くらい戻すと、多くの女性が、いえ男性も、あまり疑問も持たずに信じていたのです。
幸福とは相思相愛の、幸せな結婚だと。

加代子は「ハッピーマニア」のラストで、彼女のことをずーっと、最初から、とにかく大好きでぞっこんだったタカハシと結婚。
ふむふむ、正編はハッピーエンドだったのですね?

この前置きの説明が終わり、いよいよ「後ハッピーマニア」のページをめくると…
タカハシが、それなりに年をとったタカハシが言います。

「僕と…離婚して下さい」

うーん、これでもう熟女は持っていかれます。
少なくとも私は持っていかれました。
加代子も開口一番に言います。
「今更?!」
そうよねそうよね、45歳で放流されてもね!
それも自ら離婚したくてするならともかく、パートナーの方から突然に別れを切り出されるなんて、まさに青天の霹靂(この言い回しも年齢を感じるか)。
それに私は仕事してるけど、加代子は仕事もしてないし。

読み進めていくと、加代子には長年の親友のフクちゃんがいて、何でも相談できる仲。
フクちゃん(福永裕美)は化粧品事業で大成功している経営者で超リッチ、当然のように超優秀で(私は成功していない零細の飲食店経営者だからよく分かります。成功している会社経営者、しかも1代目は地頭のレベルがケタ違い)、50歳にはとても見えない若々しくもセンスの良い美人で、夫も息子もカッコよく…
でも夫と息子は愛人宅にいて全然幸せじゃない。
あてつけのように若いツバメがいるけれど、ツバメには悪いけど…彼を愛しているわけではない(実はツバメの方はフクちゃんが大好き…と分かるけれど、それはもう少し後の話)。

世知に長けた賢明なフクちゃんはすぐに見抜きます。
真面目で誠実、破天荒な加代子を長きにわたって深く愛していたタカハシがそんなこと(離婚)を言う理由は、女しかない。
好きな人ができたんだろう。
そして、実際その通りで…。

タカハシが恋した詩織は、加代子より10くらい年下で、地味で堅実、清楚な美人。資格持ち(薬剤師)で礼儀正しく、不倫はしたくない、奥様(加代子)を傷つけたくないという生真面目で純粋なところもあって…。

レスとはいえタカハシと仲良く暮らしていたと思っていた加代子は、現実を目の当たりにしてものすごいショックを受けます。
自分が結婚したときは「自由に恋する心を失った」と思い、家出したり浮気したり(既遂というか未遂というか…でもタカハシは耐えてくれた)してはいたけど、それは昔のことで今は穏やかに暮らしているのに。
この人(タカハシ)は私のことがずっと好きだと思っていたのに…。

私は加代子より年上(フクちゃん世代)だけれど、加代子の気持ちは分かる気がします。
40代半ばという微妙な年齢(更年期のはじまり)。就職、恋愛、結婚、すべて難しそう。何より自尊心の残量がゼロになっていて、力が全然湧いてこない。
夫が突然こんなことを言い出したら、妻の多くはちょっと呆然としてしまうでしょう。
加代子はなんとか元気を装うけれど、私ならすぐに心身に異変をきたして心療内科通いがはじまるかも…。

ただ、それはそうとして、私は蕎麦屋の女将なので、日々カウンターでお客様と話をしていて思うこともあるのです。
もしも恋が
するものではない、落ちるもの
だとすると、これは防ぎようのない病気のようなもので、不可抗力かも。
既婚者だから恋をしてはいけないなんて、絶対風邪をひいてはいけない、に近い無理難題ではないかしら?
タカハシを擁護したいわけではないけれど、実際そういう話はチラホラ聞くのです。
ひとは積極的に出会いを探していなくても、妻(夫)を心から大事にしていても、ある日突然ばったりと、何の前触れもなく「恋」に出会ってしまうことがあって…。

もちろん「恋」しても、
「いいな~あの人❤」
くらいで済む人もまあまあの割合でいらっしゃいます。
もっと言えば結婚後は他の人に全然心が向かない、そんな運命というか、環境というか、持って生まれた結婚向きのキャラクターの人もいるにはいて、それはそれでとても幸せみたい。
でももしあなたがそういうタイプだったとしても、風邪なんて一度も罹ったことのない方だとしても、何かの拍子に罹患してしまった、恋の穴に「落ちて」しまったタカハシのことをそれほど責められるでしょうか…?

タカハシのように「離婚して下さい」というところまで駒を進める人はごくごく一部で、踏みとどまる人は多いです(引き続きありまさのカウンター調べ)。
一瞬は盛り上がっても、でもね、振り返れば自分には日々の生活を支えてくれる、助け合っているパートナーがいる…。
冷静に考えたら、現在のパートナーとの暮らしの方がよほど大事。これまでの思い出も沢山ある、子どもがいたりしたら猶更(加代子達にはいないけれど)。

それにね…既婚者の多くは考えます。
今のパートナーだってかなり好きだから一緒になったはず。
今恋している人も、もし一緒になったら、いつか慣れて、飽きて、ときめかなくなる日が来る。場合によっては嫌いになるかもしれない。
そしてそれは、どんなに努力してもそうなる可能性があって、ある程度は仕方のないこと…(既婚者ならではの実感)。

恋する理由も状況もまちまちですし、その時のノリというか、感情という海の荒れ具合にもよりますが、とにかく今の生活を大事にしよう、現実に戻ろう…そう思って引き返す人が大半です(引き返した人だけが蕎麦屋の女将にぽつりぽつりと話していて、そうでない選択をする人、荒れた海に黙って漕ぎだした人も一定数はいるのでしょうけれど…)。
そして陸に戻った人達は、ここまでの経緯は、当然、夫や妻には言いません。大切な人には一切を伏せ、黙って心にしまいます。

そういう例が多いけれど…ほとんどだけれど…
でもね…私はぐるぐると考えてしまいます。
もし…今のパートナーと上手くいっていなかったら?
なんとなくの違和感がずっとあって、常にそこはかとない不幸感もあって、
実はずっと我慢していて。
誰かと恋に落ちる前から、うっすらと心のどこかで離婚のタイミングを考えていたのだとしたら?

タカハシは加代子が嫌いになったわけではなくもっと好きな詩織が現れたから離婚したい、と言います。この件で加代子に落ち度はないし(加代子の過去にツッコミどころはあるにせよ)、自分が勝手なのも分かっている。だから今いるマンションは加代子にあげるし、こつこつ貯金して築いた財産も半分あげる、と。
彼は決して、悪い人ではないのです。
(タカハシの「もっと好きな人が出現したから」に対して、「だったら詩織より好きな人が出てきたらどうする?」「真面目って言うけど、あんた加代子と結婚するときにも約束したんじゃないの?」 というツッコミはごもっともだと思いますし、結婚とは、そもそも排他的な契約ではなかったの? とも思いますよね。このあたりは今後考えていこうと思います)

実はこの「後ハッピーマニア」には根っからの悪人は出てこなくて、女も男もどのキャラクターもいいとこもあれば悪いところ(というかツッコミどころ)もあって、読んでいるとみんなに感情移入できるようになっています。読者は、キャラクターの好き嫌いはあっても、全員どこか憎めないな…と思ってつきあえる。私なんて、全員が大好きです!
加代子にフクちゃん、タカハシはもちろん、加代子の恋敵の詩織も面白い人だし、あとから出てくる破滅型美人の麻衣子は大のお気に入りだし、その旦那の田嶋のクズっぷりも凄くいいし、探偵事務所の人達も…ああ、興奮してしまう(笑)、とにかくこのキャラクター造形の素晴らしさには感動します。安野モヨコって本当にすごい。
見るからに悪女の寿子(ひさこ、フクちゃんの夫である秀樹の愛人)すら、目を離せない魅力に溢れているのです。

とまあ1巻目から語り出すと止まらないのでこのあたりにしておこうと思いますが…
加代子はこの巻の終わりで、すったもんだはあったけれど、離婚を受け入れます。
「じゃあねタカハシ(タカハシに傍点) 楽しかったよ」
そしてタカハシの
「ありがとう カヨちゃん」
という言葉を背中に、また独りで歩き出すのです。

私は最後のページが終わった途端、友人に
「今まで読まなくてごめん!! この続きと、「後」じゃない方のハッピーマニアと、とにかく一切合切全部貸して!」
と連絡したのでした。

(つづく)


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