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掌編小説、随筆

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掌編小説と随筆をまとめています。
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2023年5月の記事一覧

燃ゆる螢

燃ゆる螢

 時は芒種。腐草為螢の侯の黄昏時。入梅を迎え、空気中に浮かんだ水分が肌をしっとりと潤す。水色の四葩は梅雨の青空となりえるか? と彼は自らに問いかけてみる。そうなりえたら嬉しいだろな、と心で思いながら、早苗田の畦道を行く。梅雨明りを待たずに進む曇天の道も悪くはない。要はどうやって楽しむかによるのだ。
 大きくなった青梅は、誰にも採られることなく地に落ちて、黄色く熟して果てに腐れていく。いや、最近誰か

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晩秋の終わり

 山が粧いを始めた。そのうち黄落、錦の波となり、晩秋において有終の美を飾るだろう。地に落ちた葉は虫たちのための布団となる。私はそれを思うだけで心がほっとする。
 あと数日もすれば立冬になる。その手前となる今は、秋の終わりの一時である。楓や蔦は黄ばみ始め、橙から紅へと変わっていき、山々を鮮やかに彩って、何処かへ行かむとする者の足をさえも止める。近くに川があるならば、錦秋はその川をも色に染め、流れる紅

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大暑の筆先 ~白紙~

大暑の筆先 ~白紙~

 四肢をじたばたさせる、布団の上。枕元の原稿用紙の上には「真白の原だ!」と小さな羽虫が散歩している。インクの乗っていない、真白な紙。書けぬ。頭の中も真白である。

 大暑。土潤溽暑を迎えて二日目の昼。窓の外、草熱れに大気が蒸しかえる中、夏の終わりがもう近くにあるというのに、向日葵が「まだ」と言って懸命に、その顔を輝かせながら碧羅の天へと伸びをしている。そんな地上の太陽も相まってか、何もせずとも汗が

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不幸の楽しみ方

不幸の楽しみ方

 時に天地は万物盈満、されど我が心は地に伏して枯れ枯れなり。心おさまる寄辺や閨は何処にもあらじ。さすらふ人生にて、嗚呼、哀哉。

 五月。新緑が眩しい。
 案の定、五月病を患い、やる気がなくなっているところに、衝動による急な出費で貯金も僅かしか残っておらず、食費が一週間で千円という落ちに堕ちた生活を送っている今日この頃。最早「清貧」と言う言葉を以てして生活をしなければ精神が保てなくなった。それかい

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