あのあんずが潜んでる
自然治癒力頼みにしていた鼻づまりがちっとも治らず、モンテルカスト錠、という薬を処方された。
寄る年波には勝てない。
モンテクリスト伯みたいな名前だな、と思って検索したら、同じことを思っている仲間がけっこういた。
自然治癒力に裏切られたから、モンテクリスト伯よろしく、復讐してやろう。
自分自身に。
ベイスターズ26年ぶりの優勝の熱気で、飛行石のように青く光り、3㎜くらい浮いている横浜へ向かう。
《HB style KIYOKEN》は、グルテンフリーの米粉スイーツ専門店だ。
幸運にもわたしは食物アレルギーがないため、なんでも気にせず食べている。
でも仕事柄、ひとの3倍くらいの糖やグルテンを摂取しているはず。
これで自然治癒力や免疫力が戻ってくるわけではないが、たまにはグルテンとやらから身体を解放しよう。
《HB style KIYOKEN》。
崎陽軒みたいな名前だな、と思われたかもしれないが、これは本当にあの崎陽軒である。
横浜市民なら高確率で口ずさめる「おいしいシウマイ/崎陽軒♪」でおなじみの崎陽軒。
ホーム上もふくめて横浜駅近辺に何店舗あるかわからない、赤と白の看板でおなじみの崎陽軒。
醤油さしのひょうちゃんでおなじみの崎陽軒。
HB styleの店構えは、白や木目を基調とした明るくシンプルなしつらえで、まったく崎陽軒感がない。
はじめて来る方も、地元民も、言われなければここが崎陽軒が運営する店だとは気づかないだろう。
が、渡された袋は思いっきり崎陽軒のビニール袋だった。
最後に種明かしするパターン。
購入したのは、手のひらサイズの米粉のブリオッシュ。
ほかにも、米粉のクッキーやカヌレを展開していた。
あんことあんずのブリオッシュ、カスタードクリームとあんずのブリオッシュのふたつを選択。
米粉だからなのか、ずしりと思い。見た目はまるでハンバーガー。
ぺろっと舌のように見えるピンクは、エディブルフラワーである。
店員さんが「ご用意しますのでお待ちください」とビニール手袋をはめ、ケースから取り出したブリオッシュにひとひらずつ飾り付けてくれた、花びら。
このあざやかな花びらだけで、だいぶ彩りがちがう。
店頭詰め合わせなので、裏面表示がついていない。日持ちは当日中とのこと。
外見だとあんこなのかカスタードなのかいまいちわからなかったので、ぺろっとめくってみる。
崎陽軒カラーの、赤みがかったオレンジ色がお目見えした。
崎陽軒のシウマイ弁当にくわしい方ならピンときたかもしれない。
このあんず、シウマイ弁当における甘味的な位置づけの「あのあんず」をアレンジして、ピューレにしたものだという。
いわぬが花、ならぬ、いわぬが崎陽軒。
サブリミナル崎陽軒。
あのあんず、の存在意義は意見が割れているようだが、わたしは「あり」派である。
肉々しいシウマイ、うまみの詰まったタケノコブロック、ジューシーから揚げを経て、最後に強めの酸味を食べると、口の中や胃がすっきりするからだ。
ブリオッシュ生地はしっとりもっちりで、米粉が本領を発揮している。
これは、しっかりお腹にたまる。
それよりなにより、このあんずピューレの存在感。
サブリミナルどころじゃない。
シウマイ弁当内で隅に追いやられたり、世間から「あれなくてもいいんじゃない?」とささやかれた復讐ではないかと思うくらい、ぐいぐいと主張してくる。
カスタードクリームは、酸味のあいまに、ひかえめに「ウッス」と顔を出すくらい。
もっちりのブリオッシュ生地も、あんずの酸味でスッ…と消化された気がしたし、ココロとカラダに崎陽軒プライドがお届けされた。
あと、あんずのまっすぐな酸味のおかげで、ちょっとだけ鼻づまりがマシになった気もする。
もとい、鼻炎はモンテクリスト伯、じゃなくて、モンテルカスト錠でしっかり治そう。