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萩の月にせまられたい
どうやら、わたしより先に杜の都を気ままに旅して廻ったひとがいるらしい。
先週のちんすこうに続き、出社したらデスクに銘菓が。
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燦然とかがやく、菓匠三全 萩の月。
奇しくも、中秋の名月が目前である。
小さい秋見失った状態だが、おみやげが着々と季節をすすめてくれる。
すこし離れたところで、諸先輩方が
「萩の月ィ~!だいすきィ~!」「冷やして食べよう」「名前書いておかないと!食べられちゃう!」
と沸いていた。
手にした瞬間から守り抜きたい、手のひらの月。
(ほぼ)みんな大好き、萩の月。
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この小さな黄色いまんまるが、ここまでひとの感情をゆさぶるのだ。
せっかくだからお月見の日に食べようかなと思っていたのだけれど、賞味期限が迫ってきた。
分かってる~期限付きなんだろう~大抵は何でも~♪と、ミスチルのWorlds endの一節が脳内に流れる。
桜井さんはそんなことまったく意図していないはずだが、賞味期限が迫ってきたときのわたしのテーマソング。
ところでちまたには「ジェネリック萩の月」なるものが溢れている。
もはや、ふわふわのカステラにカスタードクリームを詰め込んだ、まるいシンプルなお菓子の総称。
萩の月につづけとばかりに、〇〇の月、という月明かりより明らかなネーミングのものもあれば、なんとかムーン・カスタードなんとかといった、月影のようにおぼろげなものも。
パイオニアへのオマージュ、いやリスペクトだろうか。
鹿児島のかすたどんまでいくと、もはや翼竜。
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見た目はどれも似ていても、やはり菓匠三全の萩の月が手に入ったときの高揚感は、何者にも代えがたい。
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この日本画のような萩の花のデザインと、子どもがひととおり遊びきったあとに残った折り紙の色、みたいな雅な色合いもいい。
たまに、長年愛されているお菓子が大学デビューみたいにパッケージリニューアルしてしまうことがあるけれど、どうかそのままで。
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萩の月は、その味かたちもさることながら、賞味期限延長のためにエージレスを利用した食品のパイオニアでもある。
鉄が錆びるときに酸素を吸収する、という性質を応用して、食品の酸化をふせいでくれる、小さな四角いやつ。
たまに可食部にぺったり張り付いていて、うっかり口に入れてしまいそっと吐き出すだけの、あれ。
あれのおかげで、食品添加物に保存料を使わなくても常温で日持ちするのだ。
自社製品も、マドレーヌやフィナンシェではエージレスに大変お世話になっている。
まさか萩の月のおかげだったとは。
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しかし、夜空の月がいずれ水平線に沈んでしまうように、いくらエージレスが入っていても、食品たるもの賞味期限は迫ってくる。
賞「味」期限が切れても食べられなくなるわけではないけれど、製造者が自信をもって味をおすすめする期間内に味わいたい。
二重包装になっているフィルムを丁寧にひらくと、ヒヨコのおなかのような愛らしいカステラと、卵の甘い香りがふんわりと。
お菓子の家を作るなら、クッションと枕は萩の月でしつらえたい。
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ふんわりしっとりなスポンジの中から、ミルキーなカスタードクリームがとろんと飛び出す。
そうそうこれこれ。
ジェネリック萩の月も同じような原材料を使っているはずなのに、萩の月はなんというか、カステラのきめとクリームの奥行きがひと味違う気がする。
こんなにふわふわで、なめらかでやわらかいもの、2~3日しか日持ちしなくても不思議ではない。
杜の都を飛び出して、いま相模国にあるのも、エージレスと菓匠三全のパイオニア精神のおかげか。
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さて、わたしはこれから杜の都におもむく予定である。
萩の月はベタかな、と思い、仙台でしか買えないお菓子や、仙台にしかないパティスリー、和菓子屋をあれこれ探していたのだが。
諸先輩方の萩の月への熱量を目の当たりにすると、萩の月を差し置くことはできない。
僕らはきっと試されてる~♪と、またWorlds endの歌詞が脳を揺らす。