その輪の中に入りたい
気に入っているひとが、知らない誰かと仲良くしていると、「むむむ」「もやもや」「釈然としない」という感情がわいてくる。
相手が人間なら「そう・・・きっとすてきなひとなのね」と切り替えられても、菓子となるとそうはいかない。
人混みの中でも、自社の紙袋はおのずと目に飛び込んでくるくらいだ。
すれ違いざまに、心の中で「あまたのお菓子の中から、当社をお選びいただきありがとうございます」と深々お辞儀する。
もはや商品と一心同体、メーカー勤めの至福の時。
だから、某演出家が差し入れに選んだ(らしい)かわい子ちゃんが気になって仕方なかった。
ひいきびとが、ひいきにするお菓子。
誰よその子!いや菓子!!
といったところだろうか。
そもそも、この演出家にあまりかわいらしいお菓子のイメージがないので意外だった。
『sweet7』や、『振り子とチーズケーキ』など、菓子をタイトルに据えた作品はある。
『ノケモノノケモノ』では、グッズでたべっ子どうぶつとコラボしていて、そのときも臍を噛んだような気がする。
演者として舞台に出ていらした頃は、作品の前や最中には甘いものは食べない、という話をどこかで読んだからかもしれない。
ご本人のシュッとしたフォルムや、ストイックな姿勢もあいまって、雲やかすみやどんぐりを食べて生きているような印象。
だから余計に気になってしまった。
かわいらしい動物が穴から顔を出したタイプのドーナツはわりとよく見かけるが、このメーカーははじめて見た。
販売者はカタログギフトの会社で、直営店は存在せず、オンラインでの販売が主体。
某演出家もお取り寄せしたのだろうか。
ネットで買う前に実体が見たい。
調べたら、某雑貨屋で取り扱っていそう。
雑貨屋でぇ~??と思いながら最寄りの店舗へおもむくと、かわい子ちゃんは店先の一番目立つところに置いてあった。
手のひらサイズの小ぶりなリングに、コロンとしたクマとウサギがちょこん。
耳のかたちのクオリティが高い。
つぶらなひとみは遠くを見つめていて、目が合いそうで合わない。
クマとウサギがおのおのフレーバーを自己申告、ふきだしがマンガのような雰囲気。
ドーナツ生地はふわふわしっとりやわらかいので、クマとウサギがYogiboに埋もれているようにもみえる。
かわいらしい。でもちょっとシュール。
某演出家は、森にアトリエをかまえているという。そういえば、鼻兎(はなうさぎ)というキャラクターもいて、過去にマンガも出版されていた。
「ちいさな森のドーナツ」「森ののんびりおやつ」というワードが琴線に触れたのだろうか。
自社商品も、ひいきびとの視界に入りたい。その感性にささりたい。
このドーナツが差し入れされたのは、先日おこなわれた『回廊』という作品。
ここ数年、表舞台からの引退や、エンタメ市場のシュリンクなどいろいろなことがあったため、ひさびさの新作長編である。
配信がメインだが、収録のため、実際の劇場でもわずかながら上演された。
幸運にもチケットが取れ、なんの報いか最前列で、舞台まで1メートル。
コンビ時代のコントに「遠いよりは、近いほうが、圧倒的にいいもんね!」というセリフがあった。
近すぎて、圧倒的に演者のヒザがよく見えた。
考えさせられつつ、小学生男子感をまとった内容の満足感は言わずもがな。
姿こそ見せねど、演出家本人がすぐそこで見守っていらっしゃるのは明白だった。
そしてカーテンコール後、拍手が鳴り止んだのに、わたしもふくめ微動だにしない観客。
規制退場に慣れすぎて、何らかの指示を待ってしまったのだと思う。
劇場スタッフさんの「し、終演しましたので、どうぞお帰りください??」という困惑した声で、最後に波のような笑いが起きた。
「回廊」だけに、またここからループして何か始まるのでは?と思わせる演出だとしたら、なかなかの策士だ。
ありうる。
「回廊」だけに、差し入れもドーナツだったのだろうか。
ありうる!
鼻兎は、現在Twitterで月1~2回ほどアップされている。
過去の投稿を見返していたら、本のキャラクター(=ご本人の分身)がドーナツを食べながら釣りをしていた。
ただ単にドーナツがお好きなのかもしれない。
うち、あいにくドーナツは出していない。
また臍を噛んだ。ループ。