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映画『薔薇の名前』(1986)

こんばんわ、唐崎夜雨です。
今夜ご紹介する映画は、ジャン・ジャック・アノー監督の『薔薇の名前(英題:The Name of The Rose)』です。

中世の修道院を舞台にしたミステリーで、原作はベストセラーとなったウンベルト・エーコの同名小説。
悪魔がいるような闇が舞台となるミステリーで、「本」が重要なキーワードとなっており好奇心がくすぐられる映画です。

『薔薇の名前』はミステリーですので、ネタバレは控えます。

あらすじ

中世、北イタリアの山岳地帯にある修道院で起こる怪死事件。この修道院を訪れたウィリアム修道士(ショーン・コネリー)と若き弟子のアドソは、修道院長の依頼で事件の真相を突き止めようとする。
しかし第二、第三の犠牲者が出てしまう。修道院長はウィリアムへの捜査依頼を撤回し、拷問による自白を強要する異端審問官ベルナール・ギーに事件の解明を委ねる。
しかしウィリアムの知的好奇心は真相を突き止めることをやめない。修道院にある大きな塔、そこは世界でも有数の蔵書を誇る書庫であり、自由に立ちいることができない。その塔の中に事件の真相のカギがあると推理する。

師匠ウィリアムと弟子アドソの二人は本作におけるホームズとワトソンといったところでしょうか。

物語は1327年のこと。事件当時まだ若かったアドソがずいぶんと年を経て老齢となり、この時のことを思い返し語っている構成となっている。
たしか原作の『薔薇の名前』も手記の体裁をとっていたと思う。ただし、映画には老アドソは登場せず、ナレーションのみとなる。

ショーン・コネリーが渋い

ウィリアム修道士は、本への執着が強い。知的好奇心の強さの表れでもある。
ウィリアムは清貧を良しとするフランチェスコ会の修道士なのですが、本のことになると子どものよう。論理的思考の持ち主で知的探究心が強い反面、いささか傲岸さも持ち合わせた人間臭さも残っている。

このウィリアムは「バスカヴィルのウィリアム」と呼ばれている。「バスカヴィル」は本作では地名なのだと思われるが、コナン・ドイルの書いた名探偵シャーロック・ホームズが登場する『バスカヴィル家の犬』を想起させる。

ウィリアム修道士を演じたショーン・コネリーがいい爺さんになっている。
ジェームズ・ボンドのようなスタイリッシュで超人的なヒーローの面影は後退し、厳しい風雪に経てきた経験が深い皺となって顔に刻まれた老人がそこにいる。

唐崎夜雨もこうゆう爺さんになりたいと思う。

悪魔が踊る中世の修道院

『薔薇の名前』は、異端審問、悪魔崇拝、教会の腐敗といった社会や宗教の闇がうごめいている。西洋の歴史には疎いのですがね、こうゆう闇には惹かれるものがある。

燭台のゆらめく炎に照らされた中世の修道院は、悪魔が闊歩するには相応しい舞台。実際に悪魔が出てくるわけではないですよ。本作はあくまでもミステリーであってホラーではない。

異端審問官は悪魔崇拝の異端者を火刑に処すが、生きたまま火あぶりにするなんて、現代からみるとその手法は悪魔的だと思う。それはおかしいと異端審問官に異議を唱えれば、我が身が異端とされ拷問されることだろう。

闇があれば光もある。美しきマリア像もこの修道院にある。悩み苦しむアドソはマリアに救いを求める。

本がいざなう知の世界

もうひとつの魅力、それは事件の鍵が「本」にあること。

舞台となる修道院は当時の西洋世界でも有数の蔵書を誇るライブラリーがある。この書庫には修道院長の許可なく入れないが、抜け道がある。
しかし塔の内部は迷宮のようで不用意に立ち入れば、出られなくなる。

唐崎夜雨は時々書店を回遊する。本の海を回遊しているといろんな本との出会いがあって楽しい。本を通して新しい知の世界が広がっているのだが、本そのものが魅力的であることも少なくない。

このように『薔薇の名前』は、老いて渋い輝きを見せる名優による、悪魔的な中世を舞台にした知の迷宮を堪能する映画でしょう。

タイトルがなぜ『薔薇の名前』なのかは、映画からではピンとこないかもしれないが、お気になさらずに。

『薔薇の名前』(1986)
監督:ジャン・ジャック・アノー 原作:ウンベルト・エーコ 脚本:アンドリュー・バーキン ジェラール・ブラッシュ ハワード・フランクリン アラン・ゴダール 音楽:ジェームズ・ホーナー 撮影:トニーノ・デリ・コリ 美術:ダンテ・フェレッティ
出演 ショーン・コネリー クリスチャン・スレーター F・マーリー・エイブラハム ミシェル・ロンスダール ロン・パールマン

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