映画『サイコ』(1960)
こんばんわ、唐崎夜雨です。
今宵の映画はアルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ(原題:Psycho)』(1960)です。
『サイコ』はサイコ・ホラー映画の先駆的な作品。『サイコ』以前にもその手の映画はあったのかもしれませんが、その後の影響を考えると『サイコ』には及ばないのではないかと思います。
まだ見たことのない方のためにもネタバレは控えます。
あらすじ
アリゾナ州の不動産屋に勤めるマリオン(ジャネット・リー)には、カリフォルニア州に暮らすサム(ジョン・ギャヴィン)という恋人がいた。
サムの出張にあわせて二人はホテルで逢いびきを重ねていた。サムは、親の借金の返済や別れた妻への養育費などが負担となっていて、マリオンとの結婚を躊躇っていた。
ある金曜日、不動産屋の客が現金で4万ドルを支払った。マリオンは現金を銀行に預け、頭痛がするからと言ってそのまま帰宅するはずだったが、彼女は4万ドルの現金を持ったまま、サムの元へと車を走らせた。
そして激しい雨が降る夜、マリオンは旧道にある寂れた感じのベイツ・モーテルで一夜を明かすことにした。
観客を惹きつけておいて突き放す
サスペンスの神様と呼ばれるヒッチコック監督ですが、作品にユーモアを添えることも珍しくはない。ですが『サイコ』ではユーモアを排除しての直球勝負です。
前半は横領をして逃げるマリオンを中心に描かれる。マリオンと現金4万ドルの行方を追います。
マリオンは車で街を出る時に不動産屋のオーナーと遭遇してしまう。
週末ですぐに事件は発覚しないが、マリオンはドキドキである。途中で警官に呼び止められるともう心臓はバクバクである。
マリオンを演じたジャネット・リーの眼力が凄くて、観客も現金4万ドルと彼女の行方に引きずり込まれます。
ところが『サイコ』は中盤で大きく物語が展開します。
その中盤での出来事とは、マリオンがベイツ・モーテルで何者かに殺されてしまうことです。
観客が感情移入していたキャラクターが理由もなく中盤で惨殺される。しかも横領を改心してアリゾナ州に戻ろうと決心した矢先にです。
観客を充分ひきつけておいて、突き放す。
モノクロ映画ならではのサスペンス
この惨事は映画史に残る名シーンです。バスルームでシャワーを浴びているところで事件は起きます。
裸の女性、振り下ろされるナイフ、犯人のシルエットなどの短いショットの積み重ねと、バーナード・ハーマンの不気味な旋律で劇的な効果を発揮しています。
またこのシャワールームは他の場面に比べて明るく白い。田舎のモーテルのバスルームなら、もっと薄暗そうなんだけど、ベイツ・モーテルのバスルームは照明が違うようです。
『サイコ』はモノクロ映画です。
ヒッチコックは本作以前に『めまい』『北北西に進路を取れ』といったカラー作品を監督しています。ですからあえて『サイコ』はモノクロで撮ったと思われる。
もし『サイコ』がカラー映画だったら。このバスルームのシーンなどは鮮血の印象が強くでてしまい、スプラッター的な雰囲気を出してしまいかねない。
またカラーだとこの犯人は下手をすると不気味か滑稽に映ってしまう可能性がある。それは趣旨に反する。
『サイコ』の恐怖は心理にあって飛び散る血にはない。
女性が強いヒッチコック
後半はベイツ・モーテルを舞台にして行方不明となったマリオン(実は殺されているが犯人と観客以外は知らない)を探す姉のライラ(ヴェラ・マイルズ)や私立探偵(マーティン・バルサム)が中心になります。
マリオンとライラの姉妹は、ともにハッキリとした意志のある強い女性です。ふたりとも負けん気の強い顔をしてます。男性の方が押され気味。
ヒッチコック映画の女性はどこか芯が強い。サスペンスのヒロインも行動的。
母親像もタフな肝っ玉母さん系の印象が強い。
『サイコ』のノーマンの母親も詳しく語られませんが、そんな感じがします。
ノーマン・ベイツを演じたアンソニー・パーキンスは、本作は間違いなく彼の代表作で、役者人生を通じてノーマンの呪縛から良くも悪くも逃れられなかったようにも思います。
アンソニー・パーキンスが演じると、どんな人物もノーマン・ベイツを彷彿させてしまう。シドニー・ルメット監督の『オリエント急行殺人事件』では、それを逆手にとったようなキャラクターを演じさせていました。
剥製と鏡が気になる
ベイツ・モーテルの管理人であるノーマン・ベイツの部屋にはたくさんの鳥の剥製がある。剥製はノーマン・ベイツの投影だと思う。
剥製は生きてはいない。中身が違う。羽ばたいて飛び立つこともない。
立派で攻撃的にみえる鳥のクチバシは男性のシンボルにも思われるし、凶器のナイフも連想させる。
『サイコ』には鏡がよくつかわれている。クライマックス近くでは、ベイツの家に潜入したライラが鏡に映った自分の姿に驚くシーンがある。
それまでにも、マリオンとサムが会っているホテルの一室、マリオンの部屋、中古車販売店のトイレ、ベイツ・モーテルの受付などに鏡はある。
ただし、ノーマン・ベイツが鏡を見ることはない。家の中に鏡はあるからまったく見ないわけではないだろう。
おそらく彼の母親が鏡を見るのを嫌ったのでしょう。