田中宏明著(2024)『SEの悲鳴 ITエンジニアを食い物にする多重下請け構造の闇』株式会社幻冬舎
現状は理解するが…
アマゾンで購入した後、直ぐに読んでみた。わたしはこれまで事業組織や地方公務員としてコンサル含めITエンジニアと沢山の仕事をしてきた。そして今年の1月に中堅コンサルに転職した。そこで体験するほとんどのことは、ここに書かれてあるITエンジニアとほぼ同じである。
ただ、ここでは著者がSES企業の社長でもあるため、その立ち位置から見える業界に関しての記述が多く、さらに俯瞰してみると、また見え方が違ってくるのではないかとも思う次第。
IT人材の社会的地位は本書の通り低いと思うが、そのITエンジニアの質としては日本は低いというか技量が画一的な知識だけで、経験が乏しく、上位の資格を持っていながら、ログ採取にてこずったり、資格と技量のミスマッチが多い個人的な印象を現場で感じているけど、そこまでの指摘は本書ではない。
日本はガラパゴス化からは抜け出していないところは共感するが、だからこそ著者を含めた仕事にありついていることも事実であり、デメリットの列挙は読者に危機感を感じさせるけれど、何故現在その様になっているのかの洞察部分が無いので、一方的なデメリットの披露で終わっているのは、この手の本としてはもったいない。
大手の企業や大きな自治体が、大きな案件をコンサルなどに競争入札をかける際も、それら高額案件に対して少なくとも完遂できるのか、その案件が完遂出来なかった場合の保証も鑑みて、多くは入札以前の格付けをしており、どんな企業でも一律に見積もりをとったり、入札に参加させてくれたりはしないのが現実。その辺も含めて、SEの悲劇を現実にさせないために、著者としてどのような方法を考え、どのように対処しているかという点で、本書の第5章の記述だけでは、第4章までの記述に応えているかと言えば、そこまでは言えず、どちらかと言えば、その著者なりの対策に関する記載内容に物足りなさを感じてしまう。
わたしが以前、コンサルを使った案件も、現在コンサルとして活動している案件でさえも、昨今はその案件に関して発注者の責任(ないし元請けの責任)を厳しく問われるのが現状であり、その意味ではなにもSES企業だけがしわ寄せになっているという認識は、多少誤解があるのではないかと思われる。逆に下請けのSES企業が何か手抜きなどがあると、元請けや発注元の責任はかなり大きい。またプリセールスにしても昨今は価格交渉でも下請け側が優位なこともあり、既にITエンジニア、とりわけセキュリティ分野では、本の記載内容から比べてみると良い方向に改善しつつあるのではないかと、この業界に長い間居る身としては思う次第。
その他、業界的にはほぼ皆さん知り尽くしていると思われるエンドユーザーのIT知識や仕様の行間を読め的な記述、要件定義のエンドユーザーの対応のいい加減さなどは周知の事実。昨今はエンドユーザーに寄り添うコンサルというのも仕様書作成段階から入って、その辺の強化策として支援しているところもあり、個々の不備なところにアプローチしているところも出始めている。それだけ業界的にも上流部分の重要性は認識されてきていると思われる。
個人的にはITエンジニアを多く抱え、そこそこ稼働がある中で、大きな案件にも入り込んでいる状態であれば、中堅のSES企業としては良くやっているのだと感じる。
少なくとも知識と技量と経験の相乗効果があれば、この業界、転職を重ねてもやっていけると思う。個人的には一度事業会社のITエンジニアとして、じっくりとある分野のITエンジニアを極める時期をキャリアとして作った方が、評価されやすい感じはしている。
本書は、全体的にネガティブな感覚に襲われるが、実のところ転職市場では、わりと高めに評価されてきているので、全く悲観することも無く、ご自身のITエンジニアとしての腕を磨いていかれると、まだまだ明るい未来は見える業界だと個人的には思う。
もう1段俯瞰で業界を眺め、本書で書かれているデメリットと、本書で触れてないメリットの部分を提示して、そのなかでITエンジニアの評価を上げ、処遇を上げていく視座というものにアプローチできていると、もっと説得力のある理解ができたと思うので、その片手落ち感が非常に惜しい一冊だった。