古事記の宇宙(第1話~10話)-その意識と本質
目次
1。高天原(たかあまはら)
虚空清浄晴明な意識の発現
2.天之御中主神(宇宙の統一主宰神)
元初に鳴りませる神ー全体は一つのものから産み落とされた。
幽の幽神である。晴明(す)みきりたまふ神。
3.皇祖神-参神造化
高皇産霊神(たかみむすび)と神皇産霊神(かみみむすび)
霊系の祖神ー無限螺旋対照力。高皇産霊神(下から上へ産霊ぶ神。上昇螺旋の神)と神皇産霊神(上から下へ産霊ぶ神。下降螺旋の神)。皇親神留岐神と皇親神留美神。智慧(叡智)と愛の神。
4.天地火水の四神ー天の坐、地の坐、火の坐、水の坐に坐(ま)します神。うましあしかびひこじ神、天常立神、国常立神、豊雲野神。
5.修理固成・創造二神(いざなぎ、いざなみの神)
言霊による宇宙創造ー画き、鳴してできた宇宙。
華厳経の世界。
6.三貴神(天照皇大神、素戔嗚尊、月読尊)の誕生。
顕界を統治する無限光明無量寿神。幽の顕神である。
妙法蓮華経(蓮華鏡)の世界。
7.瑞珠盟約ー天照大御神と須佐之男命の宇気比(誓約・うけひ)
天の真名井の宇気比ー剣(つるぎ・魄)を醸みて女子を生む。玉(たま・魂)を醸みて男子を生む。人の身は、霊・魂・魄(体)の三重の存在。
75聲の生命の誕生。人の誕生・出現。マクロコスモスとミクロコスモスの照応。御中主神と天照大御神は大宇宙、人の身は小宇宙。
神の図像(みかた)ー賢木(さかき・生命の樹木・人の身)の上の枝(頭部・あたま)に玉、中の枝(心臓部)に鏡の中枢を配置す。
8.三種の神器(五百箇御統勾玉、八咫鏡、草薙剣)
五百箇御統勾玉は珠を神統(御中主神と天照大御神の御言・御意志の継承・連なり)の順に連ねたもの。
八咫鏡は天照大御神(無限光明無量寿神)の象徴。八頭・八花岐・八葉蓮華鏡(妙法蓮華経)の象徴。光明・智慧と無量寿・慈悲・慈愛の統一。
草薙剣は天下平定・地界統御(万神蕃息)の象徴。
9・天壌無窮の神勅
「この宝の鏡(八咫鏡)をみること、まさに吾(天照大御神)をみるがごとくすべし。」は、神人一如(同床同殿・三昧・サマーディ)ということである。霊合(たまあい)の道である。瞑想の道である。
10・天孫降臨と人間の進化
人は霊・魂・魄(体)の三重體であるがゆえに、中心に霊があり、その外側に魂の衣と魄(身体)の衣を着た状態となっている。
人は死後、肉体の衣を脱ぎ捨てて、魂の霊界に住む。天橋立を昇っていくのである。帰昇していく。帰昇の道(上昇螺旋)と降る道(下降螺旋)があるのである。
本文「古事記・ふることのふみ」
1.高天原(天地創生)
古事記には次のような話があります。
宇宙の最初には高天原という清らかで明るい意識(法界)がありました。
虚空清浄な意識(法界)です。自性清浄心です。晴明一心(清く明らかな誠の意識)です。
「元初に虚空清浄晴明な意識ありき。」
その意識は、「ただ存在しているものだけが、初めにここに存在していた。」(ウパニシャッド)ということしか言えない不可思議の存在、絶対意識です。
ウパニシャッドは言います。「意識即実在。実在即意識。」と。
「虚空であり、不生不滅であり、無垢清浄である意識。」と。
その意識から最初の神様がうまれました。意識が、自分自身を観照し存在を生んだのです。
「ただ存在しているものだけが、初めにここに存在していた。それは、観照した。わたしは、存在したい。」(チャンドギア・ウパニシャッド)と。
2。天の御中主の神(大元神)
その元(はじめ)に生まれた神様は「天之御中主神」でした。(元神といいます)
「元初(はじめ)の神は、天の御中主の神」でした。
天之御中主神は、至大浩浩神神露露恒恒として、ス〃、ス〃、ス〃と呼吸をしていました。
清らかな意識の次に、智慧と愛が産まれ、呼吸があったのです。呼吸がゆらぎを生んだのです。
そして、この神様から、次の神様が産まれ、次々と神様が産まれていくのです。まるで、巻物が広がるように、産霊(むすび)が生じたのです。
一なる者から、全体が産まれたのです。
「ひふみよいむなやこともちろ」の「ひ」です。「いちなるもの」です。
存在のゼロポイント。全てのものは、ここから発して、ここに帰る。帰一する。
「すべてのものは、天の御中主の神から生じたのです。
またすべてのものは、究極には、御中主の神に帰る(帰一する)のです。」
私たちの魂の究極な故郷は天の御中主の神であり、高天原なのです。
宇宙全体は一つのものから産まれました。
そして、究極に
は、一つのものに帰ってゆくのです。
幽の幽神である。無限絶対無始無終の宇宙の大元神である。
ウパニシャッドは言います。「全宇宙は、絶対者(ブラフマン)である。無限の一なる者、最高の実在である。」と。
「絶対者(ブラフマン)は、唯一最高の本体であって、その本体から、一切世界はできた。」と。
プロティノスは言います。「一者は、すべてのすべてである。其の中に、同時にすべてのものが含まれている根源である。」と。
「一者は、晴明清浄純一である。」と。
「一者は万有の究極的始元である。」と。
3.皇祖神
御中主の神の吸う息は、高皇産霊(たかみむすび)神、皇親神留岐神(すめむつかむろぎの神)。「岐」は霊系をさします。内聚左旋の力、智恵となり、
御中主の神の吐く息は、神皇産霊(かみみうすび)神、皇親神留美神(すめむつかむろみの神)。
「美」は體系をさします。外転右旋の力、慈悲となりました。智慧と慈愛がうまれました。螺旋運動は無限です。螺旋はその始まりも終わりも無限です。それは、中心においては無限に縮小し、周辺においては無限に拡張します。そして、右と左を往復する連続体なのです。無限の産出(産霊)の始まりです。
真言密教の金剛界マンダラは「智慧」を割り当て、呼吸の「吸」をわりあてています。
真言密教の胎蔵界マンダラは「慈悲」を割り当て、呼吸の「呼」をわりあてています。
プロティノスは言います。「一者の次に叡智(智慧)が生まれた。」と。
「すべてのものは、智慧と愛の産霊(むすび)によって生じる。」のです。
智慧の神と愛の神の産霊、霊と霊の産霊(むすび・結霊・結び、結婚)によってすべてが生じるのです。
皇祖神です。
御中主神と高皇産霊神と神皇産霊神とは、三位一体です。
この三柱の神は、みな独り神となりまして、身を隠したまいき。
晴明(すみ)きりたまふ神なり。澄み切った神なり。
プロティノスは言います。「すべてのものは、それの上位のものの内にある。存在するものの全体が、ひとつの長大な生命の連続である。」と。
「すでに完全に成熟したものは産出する。だから、永遠に完璧の域にあるものは、永遠にかつ不断に産出する。」と。
ウパニシャッドは言います。「意識は、観照し、存在したい、繁殖したい。」と。そのように観照して、次々と生まれていくのです。創造していくのです。
最初に晴明な意識の覚醒があり、智慧と愛が産まれ、続いて呼吸が起きたのです。
呼吸によって、リズムが産まれ、収縮螺旋と拡散螺旋の動きが生じたのです。
そして、リズムとゆらぎと振動(ふるえゆらゆら)によって、すべてが結ばれていくのです。
4.天地4柱の神
その宇宙がまだ幼く、あたかもクラゲがゆらゆらと閉じたり(上昇螺旋)開いたり(下降螺旋)するかの如く、法海に漂う(対照力が張り合う)ように揺らいでいるときに、葦芽のごとくに、萌(も)え、騰(あが)るものによりてなれる神の名は、
うましあしかびひこじの神(火性神)、次に天之常立神(天性神)、
この二柱の神もまた独り神となりまして、身を隠したまいき。
※火性神と天性神は、「騰(あがる)もの」によりて、つまり、下から上に結ぶことによってなった神です。智火は昇るのです。「あしかび」は実相充実しているさまです。高皇産霊神の呼吸によりてなった神です。「まし」は、大きな掌をしめあわせる義です。
次に成れる神の名は、国常立神(地性神)、次に豊雲野神(水性神)、
この二柱の神も、また、独り神となりまして身をかくしたまいき。
※地性神と水性神は、「萌(も)えるもの」によりて、つまり上から下に結ぶことによりてなった神です。慈水は降るのです。神皇産霊神の呼吸によってなった神です。
5・創造2神ー伊弉諾神と伊弉冉美神(言霊による創造)修め理り固め成せ
意識ー呼吸の次は言霊による創造です。
「次に成れる神の名は、うひぢにの神(宇比地邇神)、次に妹須比智邇神(いもすひじにの神)、次に角杙神(つのぐひの神)、次に妹いくぐひの神(活杙神)、次におほとのぢの神(意富能地神)、次に妹おおとのべ神(大斗乃辯神)、次におもだるの神(お母陀流神)、次に妹あやかしこね神(阿夜訶志古泥神、次に伊邪那岐神、次に伊邪那美神。」
「ここに天津神、もろもろの御言霊(みこと)もちて、伊邪那岐神と伊邪那美神、二柱の神に、この漂える国を、修め理り(つくり)固め成せと詔りて、天のぬ矛をたまひて言霊(こと)依頼(よ)さしたまひき」
これは、言霊の出そろいなのです。それを統括するのは伊邪那岐神と伊邪那美神なのです。天性(天の坐)、火性(火の坐)、水性(水の坐)、地性(地の坐)とあいうえお50音と真澄の鏡(大石凝真素美)の75音の言霊の結び(産霊)によって創造するのです。音は清浄晴明なるものです。
「宇宙の森羅万象一切は、無料無辺の音声即ち言霊の活用の結果である。」(出口王仁三郎)
「ウヒヂ二は上昇螺旋、スヒジ二は下降螺旋。ウヒヂ二・スヒジ二と呼吸する御霊。ウは閉じるの言霊。ヒは引く言霊。ヂは霊。二は和の二。吸収する御霊。スは進む言霊。ヒは開く。吐き出る御霊。
ツヌグヒのツは衝き出るのツ。クヒはクムと同じで、発芽、組織の意。万有の個々の萌芽の御霊の神。
イククイのイクは生魂のイク。イは開き、クは閉じ、霊の開き昇ると共に、閉じ結び、閉じ結ぶと共に開き昇り、活動し始むる霊の神。
オホトノヂのオホは高く上より下を覆い籠らしむる意。トは止まるのト。ヂは霊。縦を顕はして、男性を表彰し、オホトノべのべは横を現わして、女性を表彰する。
オモダルのオは覆うのオ。モは盛る。ミを点じたモで霊である。タルは充足。オモダルは、諸々の御霊を吸収集合して、芳醇に満ちて、円満具足している御霊。
アヤカシコネのアヤは嘆称。カシコは畏るべきの意。ネは根本の意。畏るべき極みに触れたる切なる嘆称で、オモダルにて、霊系の円満具足に達し、アヤカシコネにて體系の調和・統一を全うしている。」(出口王仁三郎)
言霊の幸う(萬葉集)様です。総ては、言霊の結婚、結び交わりによって産まれるのです。
50音と75音の結び交わりの組み合わせは無限です。無量・無辺です。
いざなぎの神といざなみの神との無限表現がこの宇宙なのです。宇宙は、音、声で創造されたのです。言霊でつくられたのです。
「心(意識)は、巧みなる画師のごとく、種々の五陰を描き、一切世界の中に法として、造らざるなし。」(華厳経)
「無限宇宙(三千大世界)は、無限の言霊の結び(産霊)によって創造表現された。」
「しお」という元素、つまり「あいうえお50音」の言霊と「真澄の鏡75音」の言霊による宇宙の創造です。
伊邪那岐系の50音と伊邪那美系の50音が結び(産霊)を行い、かつ75音が結び(産霊)を行い宇宙を創造するのです。
最終的に、人(ひとは、霊留・霊止とも書きます)の身も75聲の言霊によって創造されたのです。人の身の中には、75の言霊が入って(留まって)いるのです。
中央の柱の周りを右旋・左旋するというのは、真素美の鏡75聲(言霊)を産霊(むすび)合わせることなのです。これが、言霊による、宇宙創造なのです。中央の柱の父韻を柱に、幽内の言霊を左旋させて、顕外の言霊を右旋させて、結び(産霊)合わせて、すべてのものを創造したのです。
「伊邪那岐神と伊邪那美神を、天の浮橋に立たして、その天のヌ矛を指し下ろして画(か)きたまふ。二柱の神は、鹽(しお)をこをろこをろに画(か)き鳴したまふ。」
伊邪那岐神と伊邪那美神は、「天のぬ矛」を絵筆のようにして「画(か)き」出し、「こおろこおろ」と、上から下へ螺旋状にかき混ぜ、「天のヌ矛」でもって、(言霊)音をむすびあわせ、下から上に螺旋状に引き上げして、聲を「画き鳴し」たのです。言霊どうしを混ぜ合わせて交じ合わせ(みとのまぐわいさせて)て、結婚させたのです。
伊邪那岐神と伊邪那美神が、「光あれ」と意識したら、光が創造されるようになったのです。意識が世界・宇宙を創造したのです。「あ」声が光を意識し、出現させたのです。
「あ」声は、顕はれいづる言霊です。光の力を出現さします。鳴り鳴りて、鳴り合わざる聲です。地の坐。喉の音に配置されています。
「あ」声は、宇宙のすべての力が一つの天に集まり、また天より無限に宇宙に向かって開いていく響きです。無限に開き拡大していく響きです。
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