【エッセイ】母の手帳
引っ越しの片付けで、母の古い手帳が出てきた。
表紙は褪せた赤で、角が擦り切れている。
パラパラとめくると、昭和五十年代の文字が、きれいな楷書で並んでいた。
「子供の誕生日には必ずショートケーキを作ること」
「風邪をひいたら、大根おろしと醤油のうどん」
「お正月の黒豆は、前の晩から浸すこと」
母の手帳には、そんな家事の覚書が細かく記されている。
今では当たり前のように検索できる情報を、母は丁寧に書き留めていた。
その文字の一つ一つに、家族を想う気持ちが滲んでいる。
特に印象的だったのは、私の中学受験の頃のページだ。
「朝は六時起き。お弁当には必ず温かいおかずを一品入れること」
「試験前日は、娘の好きな肉じゃがを作る」
「合格したら、待っている間に編んだセーターをプレゼント」
その横には、セーターの編み図まで描かれていた。
私は、そんな計画があったことすら知らなかった。結局、第一志望校には落ちてしまい、そのセーターが完成したかどうかも分からない。
でも、母が密かに編んでいた優しさは、今になって温かく胸に染みる。
手帳の後ろの方には、父との思い出も記されていた。
「結婚記念日は、二人でお茶を飲みに行く(毎年、夫は忘れる)」
「休日の朝は、トースターで焼いたパンの匂いで起こすこと」
その横には小さな星印が付いていて、「効果あり」と書かれている。
父は休日の朝食を、母の焼くパンの香りで目覚めるのを楽しみにしていたらしい。
今でも父は、パンの香りを嗅ぐと「おお、懐かしい匂いだ」と目を細める。
最近の若い人たちは、スマートフォンのアプリで家事のスケジュール管理をしている。私もそうだ。
確かに便利で効率的かもしれない。
でも、母の手帳には、デジタルでは表現できない温もりがある。
インクの滲みや、走り書きの文字、付箋の跡。そこには、日々の暮らしに寄り添った母の思いが、まるで時間を超えて届けられたかのように残されている。
母は今、老人ホームで穏やかに暮らしている。
この手帳を見せたら、どんな表情をするだろう。
次に会いに行くときは、この手帳を持って行こう。
そして、母と一緒に、この小さな手帳に詰まった思い出を、ゆっくりとめくってみようと思う。
きっと母は、あの頃と変わらない優しい笑顔で、一ページ一ページの思い出を語ってくれるに違いない。
(画像:ImageFX)
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