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「子どもになら嘘をついてもいい? 」 学校給食における郷土料理
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元旦の有料版で学校給食について書いたことで、長い間封印していた給食への想いがあふれるように湧いてくるようになってしまいました。その大半は不満なんですが …… 。
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食育基本法と学校給食
食育基本法(2005年制定)は国民、特に次世代を担う子ども達の「健全な食生活を実現」することや、生産者と消費者の関係を構築して「地域社会の活性化」「豊かな食文化の発展・継承」など、一見立派なお題目が並べられています。この法律を背景に、学校給食では(一応)食育が行われています。
その食育の一環として、日本全国で給食の献立に日本各地の郷土食や世界各国の料理が登場するようになりました。ところが、その献立の中に、どうにも我慢ならないものがあります。
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筑前煮
筑前煮は福岡県の代表的な郷土料理ですが、ご当地では筑前煮とは呼びません。「がめ煮」です。博多の方言「がめくりこむ」(寄せ集めるの意味)が名前の由来だという説があります。
「がめ煮」はお正月や博多祇園山笠、結婚式のお祝などで振る舞われる、ハレの料理として福岡県にはなくてはならない郷土料理です。
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給食の筑前煮
昭和39年の東海道新幹線の開通、東京オリンピックから大阪万博と、空前の好景気を背景に、日本人の生活の質は一気に向上しました。世界中で共通することなのですが、人は衣食住が向上・安定すると文化面に力を入れるようになります。日本でも大阪万博以降に芸術や食文化が進化しました。その影響で、昭和50年代に学校給食で外国料理や、地方の郷土料理を取り入れるようになりました。今の食育の先取りですが、当時は東京や大阪、名古屋などに限られた取り組みでした。
そのころの東京でのことだと言われているのですが、学校給食で「筑前煮」という料理が登場しました。それまで筑前煮という料理はなかったので、まったく新しい料理かと思いきや、学校での献立紹介には「福岡県の郷土料理」と記されていました。
これは、筆者が後々に栄養職員の全国組織の関係者から聞いた話です。福岡県の郷土料理である「がめ煮」を給食献立に取り入れようと考えた栄養職員は、所属する組織に「がめ煮」を提案しました。しかし、「がめ煮という名前は印象が良くない」「おいしくなさそう」などの意見があり、一同で思案の末に「筑前煮」という名称を考えだしたそうです。
筑前煮なら「どこの料理か一目瞭然」だし、印象も「上品で、おいしそう」 なんだそうです。
この、明らかに他地域を見下した考え、勝手に他地域の郷土料理の名称を変えてしまう暴挙に、筆者はとても腹が立ちました。福岡出身の方はどう思いますか?
ハリハリ鍋を「関西鍋」なんて呼ばれようものなら、大阪人は激怒します。いや、爆笑します。
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ほうとう
「ほうとう」は、山梨県の郷土料理です。小麦粉を水で練って平な切り麺にし、具だくさんで味噌仕立ての鍋に入れます。麺にかんしては、水分量が違いますが、群馬県の郷土料理である「おっきりこみ」によく似ています。また、切るという仕上げ方に囚われなければ、原料・製法ともに「すいとん」にも似ています。
ほうとう ≠ うどん
みなさんは「ほうとう」を「うどん」だと思っていませんか? うどんの麺は、小麦粉を塩と水で練ったものです。小麦粉は真水で練ってもグルテンができますが、グルテンが弱い(少ない)のでダラっとしてしまいます。塩水で練ると、より強力なグルテンができ、その差は茹でると歴然とします。
うどんは下茹ですることで、グルテンが熱変性して固くなります。そうなると出汁で煮込んでも溶けずに形を保ちます。
一方、ほうとう麺はグルテンが弱いので、下茹でせずにダイレクトに調理します。それでも出汁の中で徐々に溶けます。その結果、出汁は徐々にとろみがついて、それがほうとうの味になります。
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給食のほうとう
山梨県とその近辺以外では、給食の「ほうとう」にはうどんの麺が使われています。給食は、出来上がってから食べるまでに、自校調理で最低30分、センター方式なら最低1時間のタイムラグがあります。自校調理ならまだしも、センター方式では、本物のほうとう麺ならグズグズにふやけ、のびてしまいます。
そんな事情もあって、関西の給食用食材卸会社では本物の「ほうとう麺」を取り扱っていません。あるのはすべて「ほうとう」という商品名の「うどん」です。したがって、少なくとも近畿圏で、ほうとうが献立にある自治体の給食では「五目煮込みうどん」を「ほうとう」という献立名で出しています。
嘘を教える食育
多くの小学校で、放送委員・給食委員の児童や栄養教諭が、給食時間に、その日の献立を校内放送で説明します。「ほうとうは山梨県の郷土料理で……」と説明することで、山梨県の食文化についての理解を深めます。これは食育基本法が求めている「食育」のうちのひとつです。
その放送を聞きながら食べているのが五目煮込みうどんならどうでしょう? 子どもにはその違いは分からないからいいのですか? 偽物を食べさせても、嘘をついても、体裁が整っていればいいのですか?
筆者は、教育機関である学校で行われる偽装を、子どもに嘘をつく行為を、いろんな自治体で再三注意してきましたが、改善されませんでした。まず、大半の栄養職員は「うどん」と「ほうとう」の違いを知りません。また、どこの栄養職員も「本当のほうとう麺が手に入らない」から「うどん」を使うと弁解します。手に入らないのなら、「ほうとう」を献立から外せばいいのです。子どもに嘘をついてまで、山梨の郷土料理を紹介する必要があるのでしょうか? 山梨県の人はどう思いますか?
たこ焼きにイカが入ってたら「たこ焼き」と違うやろー!
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船場汁
船場汁は塩鯖のアラと大根で作る潮汁で、江戸時代の大坂で考案された料理です。
船場は大阪市中央区の一角で、昔から大阪をけん引してきた、大阪経済の中心地です。このあたりは江戸時代から大商人の町なので、奉公人が住み込んで集団生活していた大店がたくさんありました。質素倹約を旨とする大阪の大店ですから食事も質素でした。めざしなどの干物以外に焼き魚がつくことなど滅多にないのですが、たまに出る焼き魚で最も登場回数が多いのは塩サバでした。
江戸は職人の町で、多くの家庭では朝に飯を炊き、味噌汁と香の物で朝食を食べて、弁当を作りました。働いている職人は、昼に現場で弁当を食べ、家にいる女・子どもは朝の残りを昼に食べ、夜はみんなで朝に炊いた冷や飯を食べました。
商人の町大坂では、住み込みの奉公人と通いの奉公人がすべて揃うのが昼なので、昼食に飯を炊きました。その時に焼いた塩サバがでることがあったのです。昼に塩サバが出た日の夕食は、塩サバのアラで出汁を取り、大根を少し入れて作る「船場汁」と昼に炊いたご飯です。翌朝、住み込みの奉公人は前日の昼に炊いたご飯を湯漬けにして朝食を済ませます。
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給食の船場汁
これは大阪市だけのことだと思うのですが、学校給食では鮭の角切りが入った船場汁が出ます。しかし、鮭では船場汁ではありません。鮭が遡上しない大阪では、鮭は高級品でしたが、船場汁は高級料理ではありません。上の写真の船場汁にはサバの身が入っていますが、本来の船場汁は、身を食べた後のサバのアラで作る料理です。身が多少へばり付いている、サバの塩焼きの中骨と大根が少しだけ入っている程度(中骨がお碗に入っていればラッキーです。薄い大根だけの人のほうが多い)です。 昆布や鰹の出汁も使いません。サバのアラを炊いて出汁をひきます。本当に質素な料理です。だから、鮭では船場の「しまつ(倹約)料理」にならないのです。
なぜ鮭になったのかを考えてみると、サバの塩焼きや、生姜煮、味噌煮は従来から給食にあるのですが、船場汁は給食には向かない料理です。前述したように、船場汁はサバのアラと少しの大根が入っているだけの質素な料理なので、栄養的にはとても物足りないものです。
また、給食ではサバの中骨を入れるわけにはいかないので、塩サバではなく、生のサバの身を使うことになります。生サバの潮汁(魚介出汁で塩味の汁)は、よほどうまく調理しないと生臭くなります。一度、失敗して懲りたのかもしれませんが、調理のしやすさから鮭に切り替えられたものと思われます。
船場汁が質素なのは、大坂商人が倹約生活を実践していた証です。豪華な具沢山料理にしてしまえば船場汁ではありません。
郷土の歴史と郷土料理を、自ら壊して平気なんでしょうか? 自分達の子どもに偽の郷土料理を食べさせるのですか? それが大阪市の食育なんですね?
石狩鍋にサバが入ってたらおかしいやろー!
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郷土料理とは
いい加減なエセ郷土料理なら出さない方がマシです。郷土料理は今生きている私達が作ったものではありません。地域の多くの先人が笑顔と涙と汗で作りあげた、その地域で生まれるべくして生まれた料理です。胸を張って誇れる料理です。勝手に名前を変えられては困ります。他の食材で作れば違う料理です。その食材で、その作り方で、その名前に意味があります。それが、受け継いでいきたい郷土の料理なのです。
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上方落語のお料理 ①≪鴻池の犬≫
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上方落語のお料理① ≪鴻池の犬≫
▶演じるは昭和の爆笑王 二代目 桂枝雀 !
▶お料理は「鯛の浜焼き」と「う巻き」
▶上方落語のおいしいもんを、どうぞおあがり。
▶鴻池財閥のご先祖は、あの有名武将!
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