【小説】できそこないの紫式部
私は小説家。
といっても、ネットのとあるサイトでほんの少しだけ知名度がある、くらいのものだ。
昔から物語を書くのが好きで、学生時代も教室の隅でひとりでこそこそやっていた、要は陰キャと言われるものである。
そんな私を見て、クラスの奴らは、公にではないけれど、こそこそ馬鹿にしていたと思う。
私を嘲るように見るみんなのあの視線。
それで苦しむみたいなことはなかったけれど、あまり気持ちの良いものではなかった。
そんな感じで中学、高校と過ごし、友達は見事にゼロ。
大学に入って、文学サークルみたいなものに勇気を出して入ってみたものの、結局メンバーとは馬が合わずやめてしまった。
私はただ書きたかっただけなのに。書くための一種のプラットフォームとしてサークルを選んだに過ぎないのに。なんであんなにみんな群れようとするのだろう。
「もう少しみんなと絡んでみてね」
サークルに入って1カ月くらい経ったときに、4年生の部長らしき人に言われた言葉だ。
メンバーの集まり等に一切顔を出さない私を見かねて、言ってきたのだろう。余計なお世話である。
この言葉を聞いた直後にサークルをやめる決心をし、翌日には退部の意向を部長に示した。
まあ、そんな感じで現在大学3年生の私は、ネットにひとりでこそこそ自分の駄作を投稿しているしがない女子大学生になってしまった。
別に、大ヒット作を生み続けるような作者ではないが、ある程度のフォロワーがついているし、一つ作品を投稿すれば、500いいねくらいはつく。
これが、良いのか悪いのかはわからないけど。
小説を書くのは無論好きだし、私も腐っても人間ということで承認欲求があるらしい。いいねをもらえるのは素直にうれしいことだ。
そんなある意味win-winの関係をフォロワーとは築けている。
また、そのサイト内で、ある程度の知名度がある作者のコミュニティにも一応属している。
これは、やりとりが全部SNSで終わるし、毎日チャット内で交わされる小説談義も参加していて悪い気分はしないのである。
そして、今、私は、そのコミュニティで企画されたオフ会の会場に向かっている。
これまでも何度かオフ会は開催されていたが、もちろん参加はしていなかった。何人ものの人間と顔を合わせるのは、いくら趣味が同じと言えども気が進むことではない。大学の文学サークルたるものと同じである。
では、なぜ今回参加しているのか。
2週間前のことである。
私の投稿した作品がバズったのである。
付いたいいねの数は、5000。今までの作品のいいね数からは考えられないものだった。
その投稿を見た、コミュニティ内の他の作家からぜひ今度オフ会に参加してほしいと猛烈なアタックがあったのである。
最初の方は断っていたのだが、毎日、色んな作者からのお誘いのメールが来るし、一緒に小説についての話をしたい、なども言われた。
そうなると、いよいよ断るのがしんどくなってきて、むしろ参加するより、毎日これを断り続けることの方が精神衛生上悪いのではないか、という気持ちになった。
別に、悪い人たちじゃないのはわかっているし、クラスで私を馬鹿にしていたやつらや、薄っぺらい関係を築いて気取っているサークルのやつらとは違う。
そして、しぶしぶ参加することを決めたのであった。
なんで、バズってしまったんだ…。
こんなことになるなら、ずっと500いいねのまま緩くやっていきたかった…。と、毎日鬱々した日々である。
でも、この作品がバズった理由はなんとなくわかる。
それは、私の想いが強烈に乗ってしまったからである。
作品というのは、どんなに内容が素晴らしいものを書いても、そこに作者の想いや感情が強烈に乗っていないと駄作である(持論)。
逆に、内容が多少拙くても、その想いが乗っていれば、それは、読者に届いて響くものである(持論)。
それが、人間の「書く」という行為に秘められている可能性なのである(持論)。
バズった作品の内容は、小学生の男の子と女の子の淡いラブストーリ―みたいなものだ。
陰気で人と関われない1人の小学生の女の子・茈子(むらこ)が、小学生ながらも物凄く物知りな男の子・源気(げんき)と出会い、源気の聡明さ、優しさに惚れてしまうというなんともありがちなものである。
この二人にはモデルがいる。
まず、茈子は私。そして、源気は、私が小学生のころ仲がよかった男の子である。
普段の私の小説の登場人物には基本的にモデルはいない。モデルがいるほど、それまでの人生で人と関わってきていないのである。
しかし、それを書いた日は、ふと小学生のころ仲が良かった男の子が一人いたなということを思い出したのだ。
なぜか、ふと、元気(げんき)君のことを。
彼は、本当に小説内の源気の通りのキャラクターだ。なんでも知っていたし、偶然私の書いている小説を見つけたら、けなすどころかとても良い笑顔で褒めてくれた。
「すごいね、こんな小説が書けるなんて」
「…え?将来小説家にはならないの?こんなに上手く書けているのに」
「クラスのみんなや家族の評価は関係ないよ。いつか見返してやればいいじゃないか」
「僕が君の最初のファンってことでいいかな」
「ずっと応援しているよ」
それまで忘れていたはずなのに、ふと元気くんのことを思い出すと、彼が私に言ってくれた言葉の数々も鮮明に思い出すことができた。
私は彼に恋をしていた。
そして、思い出した今、再び彼に恋をしている。
小学校を卒業すると、私は遠くへ引っ越してしまったので、それから元気くんと会うことはなかった。
そして、新たな土地での生活へのストレスや、学校生活のふがいなさも相まっていつの間にか彼のことを忘れてしまっていたのだろう。
自然に筆が乗っていたと思う。感情が、想いが乗っていたと思う。
普段は、書き終えた後に感じる微妙な疲労感も、それを書き終えたときは感じることはなかった。
いつの間にか、3時間は経っていた。私は、小説を書き進めながら3時間の当時へのタイムスリップをしていた。幸せな時間だった。
パソコンのエンターボタンを押そうとしたら、濡れていた。なぜだと思ったら、私の涙だった。知らないうちに泣いていた。
どんだけクラスのみんなに馬鹿にされても一滴も出なかった私の涙。
まだ自分は、この感情を持っていたんだと、気づいた。
いや、これも元気くんが気づかせてくれた。やっぱり彼はすごいな。
オフ会の会場は、都内のビルの一室だった。
意外にも大きい。
テーブルには、豪華とまでは言えなくとも、それなりの食事と、お酒が並んでいた。
受付で、自分の作者名を伝えると、その名前が書かれたネームストラップを渡されて、首からさげるように言われた。
そのせいで、色んな人から話しかけられた。
私と同じくらいの年齢の女性に話しかけられた。
「あなたが、「ぱーぷる」さんかぁ。私と同じくらいの年齢じゃん!今度一緒に書いてみない?」
めんどくさい、いやだ。
50代くらいの女性に話しかけられた。
「『できそこないの紫式部』、ものすごい反響だったわねえ。それまで特別有名だったわけでもなかったわよねえ。すごいわねえ。」
うるさい、私はお前を知らない。作品も。
30代くらいの本業は会社員らしい男性に話しかけられた。
「あの作品おもしろかったですよ。でも、もう少し構成が…」
途中から聞いていなかった。想いをぶつける作品に構成なんて私はいらない。
40代くらいのかなりお酒を飲み、酔っている男性に話しかけられた。
「おー、ぱーぷるさんてあなたかー。あれ、めっちゃおもしろかったよ!
茈子ってもしかして過去のぱーぷるさんがモデルだったりするの?(笑)」
この会場に茈子なんているわけないじゃない。源気くんみたいに素晴らしい人がまずこの会場にいないんだから。
家に帰ったあと、コミュニティは抜けた。
そして、5000いいねをもらった作品は非公開にした。
こんなものにいいねはいらない。
フォロワーもいらない。
馴れ初めの作家仲間なんてものもいらない。
もう一度、元気くんからの言葉がほしい。
もう一度、私に言葉をちょうだい。
「おもしろかったよ。やっぱ君はすごいね」って。