見出し画像

映画『オペラ座の怪人』が描く愛



Ⅰ 怪人とラウルのエロース 

 lee・g ・changさんが、2004年のジョエル・シュマッカーの映画『オペラ座の怪人』について書いていらした。昔、テレビ放映されたのを観たような気がするけれど、どんなだったかしら、と思い、再見した。

 『オペラ座の怪人』が、ヒロインのクリスティーヌを巡る、怪人とラウル(予告編の42秒ぐらいで、「狂人と化した天才だ」と発言しています)の三角関係を描いており、「愛」がテーマとなっていることは、映画を観た誰もが気づくことだろう。

 怪人と幼馴染のラウルが、うら若きクリスティーヌに注ぐのは、自分にとって価値がある者を愛する愛であり、相手からの返愛を求める愛である、エロースである。映画の主な舞台はオペラ座だが、そこで上演されるオペラが描くのも、エロースである。たとえば『ドン・ジュアンの勝利』という題名からも明らかなように。

Ⅱ まやかしのアガペー

 ラウルがクリスティーヌにエロースの感情を抱くのは、幼なじみで、小さい頃にお互い好意を抱いていたからである。一方、怪人はどうか。
 バイオリニストだったクリスティーヌの父は、自分の死後も音楽の天使がお前を見守る、という言葉を残して亡くなっている。怪人は姿を見せずにクリスティーヌの音楽の教師を務めるようになり、父の言葉を信じるクリスティーヌは、怪人を音楽の天使だと思う。

 クリスティーヌが亡き父に祈るとき、背後には天使の絵が飾られている(予告編の38〜39秒をご覧下さい)。クリスティーヌがスウェーデン出身で、舞台がパリであること、さらにクリスティーヌの語源が「キリスト教徒」であることを踏まえると、クリスティーヌが「天使」というとき、背景にあるのは、キリスト教である。

 怪人は、クリスティーヌの父に代わって、クリスティーヌに音楽を教えるという自己犠牲を払っている。クリスティーヌの父が生きていれば、見返りなど求めずに彼女の音楽教師の役を務めただろう。イエスが十字架にかかることで、全人類に対して示したような、一方的で絶対的な無償の愛―アガペー―をクリスティーヌに注いだだろう。

 しかし、怪人はそうではない。父に代わって、父の遺言通り、天使役を務めているかに見えて、クリスティーヌからの愛という、見返りを求めている。これは、クリスティーヌが美しく成長し、ラウルというライバルが現れることで、はっきりとする。
 怪人は、亡き父に代わって自己犠牲を払う代わりに、自分を愛することを求めている。怪人のクリスティーヌへの愛は、アガペーに見せかけて、実はエロースである。
 そして、そのエロースを成就させるために、クリスティーヌに対して、自分を拒絶してラウルを死なせるか、自分と一生地下で暮らす代わりにラウルの命を助けるか、という究極の選択を迫りもする。

Ⅲ マダム・ジリーのアガペー 

 1 怪人に対して


 では、怪人はどんな過去の持ち主なのだろうか。
 怪人は幼い頃、醜い外見のために母親からも愛されず、サーカスに売られ、見世物にされていた。怪人は自分を見世物にした男を、憎しみから殺してしまう。
 そんな彼を救ったのが、オペラ座の寄宿舎学校にいた少女で、後にオペラ座のバレエ教師になるマダム・ジリー(予告編の41秒ぐらいで、「天才よ」と言っています)である。彼女は、怪人の手を引っ張り、追手から逃れ、怪人をオペラ座の地下に匿う。
 ジリーは、人殺しの怪人を助けるという、自己犠牲を払っている。ジリーは、わが子を愛さなかった怪人の母に代わって、怪人に対して一方的な無償の愛を注いでいる。ジリーの怪人に対する愛は、アガペーといえる。ジリーは、イエスのごとき存在として描かれている。

 2 クリスティーヌに対して

 ジリーが無償の愛を示すのは、母に愛されず、孤児同然だった怪人に対してだけではない。父を亡くし、孤児として育ったクリスティーヌに対しても、同様である。露出の激しい衣装で踊るクリスティーヌは、オペラ座の新しい支配人二人に欲望の眼差しで見つめられ、孤児だからたやすく落とせるだろうと思われる。そんなとき、すかさずジリーは、「クリスティーヌをわが子同然に思っている」と言い、彼女を守ろうとする。

Ⅳ エロース転じてアガペーとなる


 クリスティーヌを巡って、怪人とラウルはクリスティーヌの父の墓前で剣を交えた。だが、クリスティーヌが亡くなることで、顔こそ合わせないものの、彼女の墓前で和解にたどり着く。

 ラウルは怪人が使っていた、サルのオルゴールを落札し、クリスティーヌの墓前に供え、オペラ座での日々を偲ぶ。怪人はクリスティーヌが別れ際にくれた婚約指輪と、バラを墓前に供えている。彼女の怪人に対する一方的な愛の象徴である婚約指輪を供えることで、彼女が怪人に示したアガペーに感謝するのだ。

 ラウルは、サルのオルゴールを元の持ち主である怪人に返し、怪人は、ラウルがクリスティーヌに贈った婚約指輪を、ラウルに返している。

 クリスティーヌが亡くなった今、ラウルのエロースも、怪人のエロースも、一方的で絶対的な愛である、アガペーへと変化を遂げている。
 「キリスト教徒」という名の女性は、亡くなったけれど、二人の男性が彼女を追憶することで、イエスのごとく復活しているといってもよい。

 クリスティーヌに音楽教育を施す見返りを求めていた怪人は、彼女の死によって初めて、一方的に与える愛であるアガペーの実践が可能になったのである。

 こうして見ると、『オペラ座の怪人』がエロースとアガペーという二つの愛を巧みに描いていることがわかる。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
 lee・g ・changさん、映画を見直すきっかけをいただき、感謝しております。

いいなと思ったら応援しよう!